コミュニケーションインタフェースと人間中心設計

  • 黒須教授
  • 2006年6月12日

学びの場はコミュニケーションの場の一つとして重要なものだ。Lave and Wenger (1991)や上野(2004)、森下(2006)が指摘しているように、そうした場における人や道具の空間的配置と活動との関係は効果的な学習の促進にとって重要な課題である。学習の場の空間配置には、机や椅子の配置に関して、いわゆる教室型や会議卓型、円座型などがあり、もちろん机なしのOJT、つまり現場における観察学習型のものもある。また教室にも対面型の他に階段教室や外科の供覧手術のような円形配置もある。そうした配置と教師の位置づけや役割とも深く関係しており、コミュニケーションが一方向的な場合や双方向的な場合があり、そのコミュニケーションパターンは机の配置に見られるような教師と学習者の空間配置によっても影響される。また座学と実習では、固定型配置と移動型配置という相違が見られる。保育園や幼稚園などの学習では散在型配置が基本となっている。

こうした空間構造と深く関係してるのが社会構造だ。教師が一方的に知識を伝授するという古典的社会構造が教育の場では長く継承されてきたが、学習者の自発性を尊重する参加型授業のやり方では教師は触媒的な役割となることもあるし、社会構成主義で重視されている学習者間のコミュニティにおいては、教師よりも学習者の主体性が重要となる。

また、そのほかに時間構造も学習の場にとっては重要なものだ。予習、授業、復習という古典的構造は教室型授業では基本的なものとなっているが、時間的ダイナミズムを重視するなら教師との学習における前後関係のシリアルな動きと学習者自身による独習のシリアルな動きとの相互作用が有効に作用するような配慮が必要だし、これは論文研究のゼミなどの場では特に重要なものとなる。

こうした空間構造、時間構造、社会構造は、e-learningなどへの拡張を考える際にも関係してくる。いや、教室型や現場型の学習場面においても、各種のICTメディアを利用することが多くなっている現在、対人構造だけを考えていたのでは十分とはいえない。教師、学習者、メディアから構成される三角形の形で学習の場の構造を考えて行く必要があるのだ。

e-learningにおいても、学習者が遠隔地に散在している場合のように、やむを得ずバーチャル学習しか利用できないような場合には、プラットフォームを利用した伝統的e-learningを用いることになるが、日本のように比較的通学の便の良い場におけるe-learningは、対面の学習をベースにしてそれを補強する形でのe-learningを、その空間構造、時間構造、社会構造の中で考えてゆく必要がある。

コミュニケーションの中で学習の問題を例にとりあげたが、こうした構造の分析は、会議のような場、雑談のような場など多様なコミュニケーション全体について、まずきちんとなされることが必要である。会議にも集約的会議(意志決定型)や発散的会議(ブレインストーミングなど)があり、それぞれに適合した構造のデザインがなされるべきだ。

こうした点を考えると、e-learningを含めたCSCWやグループウェアの研究は、どうも開発主導型で行われてきた傾向が強い。研究者が自らの直感にもとづいて新しい仕掛けを開発するという傾向が強く、ACM SIGCHIやCSCWなどにおける発表は、そうした研究が大半を占めていたように思う。システムを構築してこそ研究であるという工学的な発想がそうした動きをもたらしてしまったものと思われるが、この点は大いに反省すべき点だと思っている。

コミュニケーションの空間構造や時間構造、社会構造について、もっと現場での分析を行うべきだ。それにもとづいて、コミュニケーションを支援するインタフェースの提案や開発はなされるべきだ。この点で、工学者には人間科学サイドに対する顧慮が足りなかったといえるし、人間科学サイドはいつまでも研究にひたっていて、具体的な提案につなげる努力が足りなかったといえる。