オリンピック公式Webサイト:
UIは銀メダルだが、UXは失格

ページデザイン自体は2002年オリンピックのサイトよりスコアが15%上がった。しかし、全体的にバラバラなインターネットプレゼンスのせいで、ユーザーエクスペリエンス(UX)全体が我慢のならないものになってしまっている。

2002年にソルトレークシティ冬期オリンピックの公式ウェブサイトのレビューをし、ユーザビリティに関しては「銅メダルも無理」と判定した。

しかし、2012年ロンドン大会のための公式サイトでは2002年サイトの問題の多くが解決されていた。つまり、この10年間で進歩したというわけだ。この進歩はサイトのスコアを113項目のホームページユーザビリティガイドラインの適合度で比較するとはっきりとわかる:

  • 2002ソルトレークシティ: ガイドラインの70%を順守
  • 2012ロンドン: ガイドラインの85%を順守

とはいえ、2012年のデザインが完璧でないのも確かである。例えば、ホームページのロゴはサイトを訪問するたびに色が変わり、自分が同じ場所にいるかどうかが少しわかりにくくなっている。知覚される安定性というのはウェブのずっと前の時代からある歴史のあるヒューマンインタフェースガイドラインだが、それは規模の大きい現在のナビゲーション環境ではさらに大切だ。そこでは位置を視覚的に認識できるかどうかが最も重要だからである。

2012年サイトのアクセシビリティは2002年サイトよりはるかに優れている。特に印象的なのは、ロンドン大会のサイトが見過ごされがちな人口の43%を占める識字能力の低いユーザーにも対応していることである。サイトに特設されたeasy-read(:読みやすい)エリアでは7年生(:日本の中学1年生)相当の読解レベルで大部分が書かれたコンテンツが提供されている。しかし、こうした資料がオンラインでの情報に向いていないPDFファイルになっているのは残念なことだ。メインサイトのコンテンツをやや平易なレベルで書くほうがよかっただろう。そして、サイトの大半は11年生(:日本の高校2年生)から14年生の読解レベルで書かれているが、これはスポーツファンにとっても、また、中心的なコンテンツのレベルとしても難しすぎる。(「14年生」などというものは存在しないが、これは準学士、つまり、高校卒業後、2年間の学校教育を受けたレベルに相当する読解レベルである)(訳注:アメリカでは一般に小学校から高校まででグレードを数えるので、最高は12年生になる)。

しかしながら、全体として見ると、ウェブサイトの実際のユーザーインタフェース(UI)は大きく改善され、スコアも上がった。したがって、2012の公式サイトはウェブページごとのUIデザインの領域ではを獲得と言えるだろう。(金メダルを渡すにはユーザビリティガイドラインの90%の順守が期待される)。

バラバラのインターネットプレゼンス

しかし、何度も言ってきたように、ユーザーエクスペリエンス(UX)はUIデザインを凌駕する。画面上のUIがUXに強い影響を及ぼすのも確かではあるが。

(訳注:ニールセン・ノーマン・グループによる)UXの公式な定義を参照すると、そこにはエンドユーザーのインタラクションのあらゆる側面が含まれており、サービスのシームレスな統合が必要である。

残念ながら、「シームレス」はウェブ上でのオリンピックを説明する言葉というわけではない。開会式の数日前、Googleで「オリンピック」を検索したところ、ロンドン大会の公式サイトはSERP(検索エンジン結果ページ)の1ページ目にすら入っていなかった。そして、その1ページ目の先を誰も見ないというのは周知のことだ。問題は、散漫でまとまりのないインターネットプレゼンスにある。

国際オリンピック委員会(IOC)や各国委員会(例えば、アメリカから検索をかけたときに出てくるチームUSA)、テレビ放送網を含む大量にあるその他のオリンピックサイトが注目を浴びようと競い合っているのである。サイトがいろいろとあるために関連する情報を探し出すのが難しくなってしまっている。というのも個別サイトの上のレベルでユーザーのページ移動を助ける「メガIA」が存在していないからである。

(一般に、人気ではあるが危険なマイクロサイトを含む、複数のウェブサイトを持つ企業ならどこでもメガIAについての問題を抱える可能性がある)。

また、多くのサイトは、スポーツイベントのサイトの第一の目的であるチケット販売にも干渉している。「公式」サイトは自身のイベントのチケットを直接販売することすらしていない。それどころか、ユーザーは複雑なプロセスを進んで、自分の居住地を基準にした、各国の様々なサイトからチケットを買うように言われるのである。

仮にアメリカのスポーツファン向けのサイトに行くよう指示されたとしても、こうしたサードパーティサイトのユーザビリティは極めて低いものである(イギリスのチケット購入サイトの評価も酷いものだ)。しかし、ここでの私の不満の中心は、ロンドン2012のサイト上でプロモーションされているイベントのチケットを買うといった極めて当たり前のことをするために、まずは別のサイトに行かなければならない、ということにある。

おそらく、様々な国に席をどのように割り当てるかに関するIOC組織内の政治によって、チケット販売がおかしなことになっているのだろう。いずれにしろ、そのUXに問題があるのは間違いない。それはデザインが社内政治によって決められると、問題が出ることが多いのと同じである。

ロンドン2012オリンピックのホームページからの抜粋。
掲載されている商品のためのリンクをクリックすると何が得られると思うだろうか。

もう1つの例はさらに奇妙である。サイトのホームページには10ポンドの公式記念プログラムを買うための広告が載っているが、このリンクをクリックするとどうなると思うだろうか。記念プログラムについてのページが出てきて、そこにはそれをショッピングカートに追加するボタンがついていると思うだろう。結局のところ、ウェブの基本原則とは、何かのためのリンクをクリックしたら、その物が手に入らなくてはならない、ということなのである。情報の匂いについて聞いたことがある人なら誰でもこのことは知っている。

ではここではどうだろうか。ところが、そうは問屋が卸さないのだ。そのリンクをクリックすると、チームUSAの記念品についてのホームページが立ち上がるのである。少なくとも、カリフォルニアでクリックするとそうだ。違う国から試してみたらどうなるかはわからないが(訳注:ちなみに、日本からだとイギリスのサイトでそのまま買い物が可能)。

組織体制もまた衝撃的であるアメリカのユーザーはロンドンのものではなく、アメリカの記念品を買うように仕向けられているからである。つまり、アメリカのユーザーはIOCのアメリカ支部に「所有されている」、というわけだ。

ページのデザイナーの名誉のために言っておくが、ホームページ上の記念プログラムのリンクが持つ情報の匂いは非常に強く明確なものである。そのため、クリックしたときに予想だにしていなかったところに放り出されることがなおさら不快に感じられた。

全体的に見ると、オリンピックのサイトは統一された1つの顔を顧客に提示できないことにより、UXの質を大きく下げている。たとえページのデザインが優れていて、銀に値するものであったとしても、全体的なUXは入賞レベルにすらない。実際のところ、オリンピックのサイトはUXという競技においては失格にすべきだろう。なぜならばファンに酷いショックを与えるからだ。リンクを乗っ取るというのはまったくスポーツマンらしくない行為だからである。

iPad用のテキストの形式はさらに酷い

ライティングのガイドラインモバイルとタブレット向けのビジュアルデザインのガイドラインがたくさんあるというのはわかっている。しかし、デジタルメディアで働くものなら誰でも、それらすべての基本中の基本は知っておく義務がある:

にもかかわらず、オリンピックの公式iPadアプリの表示はこんな感じである:

公式オリンピック競技結果iPadアプリの、記事画面のスクリーンショット
公式オリンピック競技結果iPadアプリの、記事画面のスクリーンショット

平たく言えば、このコンテンツの書式は私が長い間見てきた中で最も酷いものである。そのうえ、こういうコンテンツの形式は何度も目にした :-(

(このアプリの公平のために言うと、他の記事の中にはもっと良い形式のものもある)。

困難な仕事だが、誰かがやるべきなのか

(ウェブサイトのUIとは対照的な)オリンピックサイトのUXについての私の不満は、複数のウェブサイト間のインターネットエクスペリエンスの分断と、チケットや記念品を買うといったユーザーがよく行うタスクを、受け入れがたいほど複雑にしてしまっている組織のビジネスモデルに起因している。

ウェブデザイナーにはコントロール不可能に思える、こうした上位レベルの課題についての不満は言ってはいけないことだろうか。

しかし、私が特定の個人や彼らの仕事の仕方については一切不満を述べていないということはわかるだろう。自分たちのデザインスキルや、ユーザビリティガイドラインへの順守意識を超越した多くの制約に、どんなデザインチームも直面するものだからである。何もわかっていない経営者と、顧客に不親切な組織には2つの共通点がある。それは予算と開発スケジュールに厳しいということなのである。

こうした口実によって、履歴書にオリンピックの公式サイトという業務経験が書かれた人物を敢えて雇うことはありうる。そこでのユーザーエクスペリエンス全体の出来が失格に値するようなものであっても、だ。それに、プロジェクトの結果がどうあれ、その人物が十分に優秀な可能性もあるだろう。

しかしながら、ユーザーは口実には関心がない。彼らの関心は、自分たちの目的を早く楽しく達成できるかであり、自分の通り道になぜ障害物が置かれていたかではないからである。

ビジネスモデルを、インターネットの性質に反したものではなく、沿ったものに変更するのが難しいことはわかっている。しかし、長い目で見れば、全体的にスムーズなUXを提供する企業は成功する確率が高い。しかし、そうした変化には痛みが伴う可能性もある。

では、そうした変化を強く要求するべきだろうか、それとも優れたメガメニューを作ることに集中すべきか。

もちろん、メニューは改善すべきである。というのも顧客は製品を見つけ出すことができなければ、買うことができないからである。インターネットで成功しようと思えば、あらゆるレベルで良質なデザインをすることが必要だ。細部に対する取り組みをやめてはならない。ユーザビリティでは細部こそが重要だからである。

それと同じくらい、上位レベルの課題もあきらめてはならない。たとえ、そうしたことが自分より上の職位で決められることであっても、だ。あなたにはユーザーエクスペリエンスについて経営陣に教育する責任がある。なぜならば、彼らはビジネススクール時代にUXについて教わってないのだから。