ユーザパフォーマンスにみられる個人差

ウェブサイトを使ったタスクの場合、遅いユーザ25%は、速いユーザ25%に比べると2.4倍もの時間をタスク達成に要する。コンピュータを使った他の作業に比べると、この比率はかなり高い。これよりも高い比率になるのは、プログラミング作業のみである。

ユーザテストの実施経験者なら、ユーザには相当の個人差があることをご存知だろう。ユーザインターフェイスを楽々と使いこなす人もいれば、行き詰まって身動きが取れなくなってしまうような人もいる。実際に時間を計測したことがなくても、タスクを達成するのが一番速かったユーザと一番遅かったユーザとの差が極めて 大きいことには、おそらくお気づきだろう。

この差がどれほどのものかを知るには、任意の調査データをタスク達成時間順に並べて四分割し、上位と下位の四分位点の比率を出してみれば良い。

  • Q3:四分割の三番目の中で、一番大きな数値。それより右には、タスク達成に時間を要した25%のユーザが分布する。
  • Q1:一つ目の四分割の中で、一番大きな数値。それより左には、タスクを短時間で達成した25%のユーザが分布する。

もう少し説明すると、タスク達成時間が短かった25%のユーザと残りのユーザとを区切るのがQ1、タスク達成に長い時間を要した25%のユーザと残りのユーザとを区切るのがQ3である。半数のユーザは、Q1とQ3の間にいることになり、残りの半分はQ1とQ3の外側にちょうど半数ずつ分布していることになる。Q3をQ1で割り算して比率を出すと、両端に分布するユーザの個人差を測定することができる。

事例の紹介

ある視線移動調査の結果を使ってQ1とQ3を具体的に見ていこう。Agere Systemsという会社のウェブサイトで所在地を調べるタスクを76名のユーザにやってもらった。タスクを達成した48名分のデータをグラフにしている。(タスクを達成できなかった28名分のデータは使っていないが、なぜ達成できなかったのかを把握することも、もちろん重要だ。そちらについての詳細は、自社情報をウェブサイトでどのように提供するべきかをまとめた別のコラムを参照いただきたい。)

棒グラフ:各ユーザがある企業の本社所在地を特定するのに要した時間を表す
ユーザパフォーマンスの分布。各ユーザのタスク達成時間を棒グラフで示す。緑の範囲は、短時間でタスクを達成した25%のユーザを表す。赤の範囲は、タスク達成にもっとも時間を要した25%のユーザ、青の範囲はそれらの間にいる半数のユーザを表す。Q1は、緑と青の境界、Q3は、青と赤の境界である。

Q3/Q1は、タスクを短時間で達成したユーザと、逆に時間を要したユーザとの差を示すことになる。ある程度の速さでタスクを達成したユーザ(25%はさらに速くタスクを達成し、75%はもっと時間を要した)と、それなりに時間がかかってしまったユーザ(もっと時間のかかったユーザが25%あり、75%はそれよりも速くタスクを達成できた)とを比較することになる。もっとも速かったユーザともっとも時間のかかったユーザとを比較しないのは、端のデータは外れ値の場合が多いからである。

この例で、Q1は65秒、Q3は188秒であり、Q3/Q1は2.9となる。もっとも速くタスクを達成したユーザは、本社の所在地を28秒で突き止めた。逆に、もっとも時間を要したユーザは、420秒もかかった。最大値と最小値で比率を出すと15という数値になる。本流のユーザエクスペリエンスにこそ関心があるので、端に寄ったデータの比率ではなくQ3/Q1率に注目することにしよう。

これまでに実施してきた70件のウェブサイトやイントラネットの調査結果から、Q3/Q1 = 2.4という数値がはじき出された。同じタスクでも、遅いユーザは速いユーザの2倍以上の時間を要するということである。

他のユーザインターフェイスと比較

ウェブの場合のQ3/Q1率と、他のユーザインターフェイスの場合とを、これまでの調査結果を活用して比較してみることにしよう。

Dennis Eganは、文書編集情報探索プログラミングという3種類のコンピュータインタラクションに関する調査結果をまとめている。1994年に実施して未発表のままになっている私の研究で、Macintosh System 7、NeXTStep(Mac OS Xの礎)、Windows 3.1のいずれかを使って、一般的なパーソナルコンピューティングタスクを実施してもらい集めたデータもある。売り上げを合算して、eメールで報告するといったタスクだ。

下表は、コンピュータの利用目的別にQ3/Q1率を算出して、ウェブの場合と比較できるようにしたものである。

コンピュータの利用目的 Q3/Q1
文書編集 1.8
パーソナルコンピューティング 1.9
情報探索 2.2
ウェブ利用 2.4
プログラミング 3.0

文書編集は、ここに挙げたタスクの中でもっとも単純なものである。タイピングのスピードやマウスとキーボードの間を手が行き来するのに要する時間など、主に身体能力に依存する。具体的には、段落を移動したり、文字を太字に変えたり、誤植を修正したりといった操作に着目した調査だった。手紙を書いたり、本を執筆したりといったタスク達成時間にもっと個人差が出そうなタスクについては調査されていない。

パーソナルコンピューティングは、もう少し難しい。表計算ソフトで関数を使ったり、複数のアプリケーションを使い分けたりといった面倒なタスクを要求した。しかし、ファイアウォールの設定のような厄介な課題ではなく、職場の生産性向上に寄与する基本的なタスクにのみ着目した。そういった基礎的なPCの利用は、多くの人々がすでに熟知しているため、個人差は比較的小さくなる。

残り3つのコンピュータインタラクションでは、個人差が大きくなっている。論理的に思考したり、複数のステップをどう進めるかを計画したり、短期記憶にある多数の情報をやりくりしたり、既有知識に関連する新たな情報を解釈したりといった高度なメンタルプロセスが要求されるからだ。

情報探索ウェブの利用はかなり類似する。情報探索がウェブ利用の大部分を成すのだから当たり前ではある。しかし、単に検索エンジンを使っているだけならともかく、ウェブサイトを使っていると、ニュースの見出しページや類似の製品が並んでいる(はずの)カテゴリーページといった様々なリストに出くわして、情報を分類、精査し、解釈することが求められることも多い。情報が見つかって終わりではなく、それを解釈しなければならない。追加情報をどうやって集めるかを考えなければならないことも往々にしてある。(たとえば、見つけたページの信憑性が低かったり、情報量が足りなかったりした場合。)

最後に、プログラミング。ユーザに多くを求めるタスクとなるため、個人差も極めて大きくなる。ソフトウェアの開発で、最良の開発者を雇うことがもっとも大切なガイドラインの一つとされる理由はここにある。出来の良い開発者は、出来の悪い開発者の3倍のスピードで開発をこなし、企業に巨大な利益をもたらすのだ。その分、求められる報酬も高額にはなるが。(もっとも優秀な開発者ともっとも無能な開発者の差で、生産性は20倍も違ってくると一般には言われている。残念ながら、上位1%に入る優秀な開発者を雇えるケースは少ない。しかし、上位25%に入る開発者を探してみることはできるだろう。)

ウェブは難しい!

タスクが難しくなればなるほど、個人差が大きくなる。能力の限界に近づくにつれ、脳が有する知力(知能や才能とも言い換えられるだろうか。呼び名はこの際、何でも良い)が増すことによる利点は大きくなる。

たとえば、ウェブサイトを使っているときに、6チャンク分の情報を短期記憶に保持していられるユーザは、4チャンクまでしか保持できないユーザよりもずいぶんと有利になる。記憶力の良いユーザは、一度間違えた遷移を繰り返すことはないし、表示されたページが一つ前のページとどのような関係にあるのかを正しく判断することができる。逆に、短期記憶の容量がいくら多くても、単純な文書編集ではそれが足しになることはほとんどない。段落を一つ動かすのに6個もの手続きが求められるようなことのないまともなワープロを使っていればの話だが。

表から分かるように、5種類のコンピュータ利用シーンの中で、ウェブの利用にみられる個人差は二番目に高い

個人差が高いことは好ましいことではない。なぜなら、質の悪いユーザエクスペリエンスに悩まされているユーザの存在を紛れもなく示しているからだ。短時間でタスクを達成できているユーザがいるということは、つまりそれが可能 だということだ。時間がかかってしまうのは、ユーザビリティ上の問題が原因でなかなか先に進めなかったり、脇道に逸れたりしてしまうからだ。完璧なユーザインターフェイスであれば、どんなときも迷わず操作ができるだろうし、間違った操作をしてしまう危険性もないはずだ。とすると、どんなユーザもほぼ同じ行動をとることになり、タスク達成時間に個人差が出るとしたら、マウスをクリックするスピードの違い程度になることだろう。

プログラミングはもっとも個人差が大きく、難しいタスクが要求される。しかし、これが一番厄介な問題にはならない。というのは、優秀なプログラマーを正当に雇うことができるからだ。つまり、出来の悪いプログラマーは雇わない、という単純明快な解決策があるのだ。

ウェブサイトの場合は、優秀なユーザだけを選んで相手にするという贅沢はあり得ない。ウェブサイトを訪れてくれるユーザであれば、その人の論理的思考能力に関係なく、お相手しなければならない。タスク達成に時間のかかる25%のユーザも、お客様なのだ。

イントラネットの場合も同様である。スキルの高いユーザだけを受け入れるというわけにはいかない。全社員のために用意されているものであり、高度なコンピュータスキルが雇用の際の判断基準になる職種ばかりではない。

政府機関のウェブサイトであれば、あらゆるユーザに役立つものとなっていなければならないのは当然だ。税金を払っている以上、お返しに適正なサービスを受ける権利を誰もが有している。

商業目的のウェブサイトの場合は、消費者全員を相手にする必要がない場合もある。たとえば、B2Bサイトなら、専門領域の専門ユーザのみを読者として想定することもできる。しかし、たとえば温度測定用のプローブを販売していて、測定技師をターゲットにしているとしても、コンピュータ操作に長けた上位25%の技師のみを選んで相手にするというわけにはいかない。技能や知識のレベルに幅があることは間違いないが、将来有望な技師が駆け出しのうちに初めて購入するプローブをあなたのサイトで見ているかもしれないのだ。

ウェブサイトのインターフェイスは、手腕が問われる。相手にするのは、えり抜きの読者ばかりではないからだ。優れたユーザエクスペリエンスを実現し、ユーザパフォーマンスにみられる個人差を減じていくことが特に重要である。

参考文献

Dennis Egan, “Individual Differences in Human-Computer Interaction,” in Handbook of Human Computer Interaction, Martin Helander (ed.), Elsevier Science Publishers, 1988, pp. 543-568.

2006 年 5 月 15 日