ユーザビリティとユーザエクスペリエンス

  • 黒須教授
  • 2010年2月10日

ときどき、ユーザビリティとユーザエクスペリエンスの関係について質問を受けることがある。僕はシンプルに、前者はモノの側の話、後者はユーザの側の話、として説明をする。さらに説明を付け加える時には、ユーザエクスペリエンスに対応したモノ側の特性は、ユーザビリティだけではなく、信頼性や安全性、感性特性などがあるということ、そしてそうした点で良いものをつくり、良いユーザエクスペリエンスを作り上げるための方法論が人間中心設計である、と話をする。たいていの場合、質問者はすっきりした顔になり、納得してもらえる。

ユーザビリティというのは利用品質ともいわれ、品質特性の一つとして位置づけられる。たとえば他の品質特性のなかには信頼性があるが、信頼性をチェックするためには落下試験を行ったりする。同じような意味で、ユーザビリティテストをして、課題達成できた人々の比率とか、課題達成までの時間を測定したりするのがそれに対応する。ただ、その値が純粋にそのモノ自体だけでは測定できず、その測定に人間が関与する点が異なっている。これがユーザビリティがモノに関わるのかユーザに関わるのかを多少曖昧にしている点である。

しかし、ユーザ側に関する指標というのは、もっとユーザの特性や利用状況に関係したものであり、ユーザの主観的満足度とかユーザエクスペリエンスといった概念に集約されるものだと考える。

もちろん信頼性も安全性も、それが適切な水準にあれば、ユーザの主観的満足度に寄与する。その意味で、信頼性も安全性も、ユーザエクスペリエンスに関係している。ユーザエクスペリエンスというのは総合的な指標なのだ。

もう一点特徴的なのは、ユーザビリティには低いモノも高いモノもある。そしてユーザビリティを高めるべく関係者は努力している。これに対してユーザエクスペリエンスについては、どちらかというとポジティブなニュアンスで使われることが多いように思うが、それは間違っていると思う。低レベルのユーザエクスペリエンスもあれば、高レベルのユーザエクスペリエンスもある。ユーザエクスペリエンスを高めるために関係者は努力しているのである。

これは感性経験にも似たところがある。感性価値というような表現の場合、ともするとポジティブな意味で、感性を良い方向で刺激するようなもの、というように使われることがある。これに対して僕はネガティブな意味での感性経験もあると考えている。

それに関連していえば、価値という表現をつかうと、基本的に価値があること、つまりポジティブな意味をもっているように誤解されてしまう。その理由から僕は感性価値という言い方は好まない。むしろ感性経験というべきだと考えている。嫌なもの、不快なものを経験すると、人間にはネガティブな感情が生起する。感性が感情と認知の統合的な処理によって生じるものと考えれば、ネガティブな感情にともなう対象認知はネガティブな感性経験を生むと考えるのが適当だろう。

さて、ユーザエクスペリエンスを高めようとした場合、その値、つまり経験値は個々の品質特性との間でどのような関係にあるのだろう。論理的に可能なモデルとして、加算モデル(平均値モデル)、ミニマムモデル、マキシマムモデルなどが考えられる。加算モデルというのは、関連するすべての品質特性によって生じる経験値の総和としてユーザエクスペリエンスをとらえるものだ。それを品質特性の数によって割れば平均値になるから、両者は基本的に同じモノである。ミニマムモデルとマキシマムモデルは、品質特性のうち、最低の値、もしくは最高の値によってユーザエクスペリエンスの経験値が決まると考えるものである。いいところもあるけど、とにかく値段が高すぎるから買いたくない、というのは前者の例であり、いろいろ欠点もあるけど、デザインが可愛いから絶対買うんだ、というのが後者の例である。こうしたモデルは、実生活では混合形のような形で使われているように思うが、ともかく、品質特性からエクスペリエンスの経験値を関係づける道筋を明確にしておくことは必要だろう。デザインの世界には、なんとなく、という認識が結構多いように思うからでもある。