設計中にも使えるUX予測評価法

UXの一部、感情的な側面についてなら、設計中にUXを予測的に評価することは可能と考える。ここでは、仮に感情グリッド改良版と呼ぶ手法を紹介しておこう。この手法を使えば、ウェブサイトの画面の印象がちょっと強すぎるかな/弱すぎるかなといった点が分かるだろう。

  • 黒須教授
  • 2018年12月26日

UXは予測できない、という原則

以前ここでも紹介した僕の品質特性の図では、ユーザビリティは客観的な設計時品質に含まれており、UXは利用時品質とユーザ特性、利用状況の結果として生じるものとしている。つまり、ユーザビリティは設計された人工物(製品やシステム、サービス)に取り入れることができるが、UXはそうしてできた人工物を実ユーザが実利用状況で使った結果として生じるものであり、それを正確に予測しようというのは無理な話、ということになる。

こうした理由から、UX予測というのは意味がないと主張している僕だが、例外的にUXの一部、つまり感情的な側面についての評価なら、設計中にそれを予測的に評価することは可能と考える。感情は瞬間的に生じるもので、それなりに環境や状況の影響を受けるものの、特に製品やウェブサイトなどの場合には、プロトタイプや試作品を対象とした時の感情でも、完成したものを利用する時の感情と大きく異なることはないだろうと考えられるからだ。

ただし、UX評価で重要な、どのような時期にどのような出来事があって、その結果、どのような印象をその利用経験に対して抱くのか、という経験内容に関わるような評価や記述については、依然として予測は不可能と考えるべきである。

感情によるUX評価

それでは、例外的なUX予測評価法というのはどのようなものだろう。それは特にウェブのデザインのように、評価対象が時間的に「コマ」として切り分けられている場合、プロトタイプや試作品の各画面の利用に際してユーザに生起する感情的印象を求めることである。したがってユーザビリティテストと類似した状況だとイメージしていただけば良い。

ただし、ユーザビリティテストと併用することはお勧めできない。ユーザビリティテストでは、テスト参加者は作業に集中しており、認知的能力がフル稼働しているわけで、そこに感情的評価を混ぜることは認知作業への集中を逸らせてしまうことになるだろうからだ。いったんユーザビリティテストをやってから、あらためて各画面についての感情的評価を求めるのが良いだろう。

感情は主観的印象とされるUXのなかでも重要な位置を占めている。2019年4月に刊行予定の「HCDライブラリ 人間中心設計における評価」(仮題)では、UX評価法を、感情評価法、リアルタイム評価法、記憶による評価法の3種類に分けており、今回紹介する手法は感情評価法で紹介している手法の応用である。

感情は情動と気分に区別されているが、情動の種類について、イザード(Izard 1977)は、怒り、軽蔑、嫌悪、悲嘆、恐怖、罪悪感、興味、喜び、恥、驚きの10種類を基本的なものとして挙げ、プルチック(Plutchik 1991)は、喜び、信頼、驚き、恐れ、悲しみ、嫌悪、予期、怒りの8種類を挙げている。そのほかにもいろいろな考え方があるが、相互に紛らわしい感情を隣接されることによって円環状に表現することが多い。

そうして求められた円環状の感情については、覚醒度(arousal)と感情価(valence)という概念が直交軸として想定されることが多い。覚醒度とは、睡眠を一方の端に、極端な興奮状態を他方の端に位置づけた軸で、作業の遂行水準は、覚醒度が中程度の時に最大であり、どちらの方向でも端によっていくにつれ低下していくことが知られている。また、感情価とはポジティブな感情とネガティブな感情を両極とするような軸である。このあたりについては、ラッセル(Russell 1980)に詳しく解説されている。

このことを利用して、ラッセルとブロック(Russell and Bullock 1985)は、感情グリッド(affect grid)という情動測定法を考案した。これは図1のように正方形の枠を9×9に分割し、縦軸に覚醒度、横軸に感情価を割り当て、ユーザに自分の気持ちをそのなかの一点として指定させ、その座標をデータとして取得するものである。

図
図1 ラッセルとブロック(1985)の感情グリッド法の回答用紙

実験参加者の理解を助けるため、四隅にもストレスとか興奮などの情動が書かれているが、この手法の難点は

  1. 感情価を心地よさ(pleasant-unpleasant)と表現することは理解できるとしても、覚醒度について覚醒度についての直接的な表現(high arousal-sleepiness)は一般の人々にとってはいささかアカデミックすぎて理解しにくいのではないか
  2. 9×9という枡目は、より細かく情報を得ようとした結果かと思われるが、少々細かすぎて評価に困難を覚えるのではないか

という点である。1.については、日本語だと、気分が良い-気分が悪い、という表現が適当と思われるが、覚醒度については、そもそも一般人にその概念が難解で評価尺度としては不適切かと思えるので、ちょっとニュアンスは異なるが、刺激が強い-刺激が弱い、というあたりで良いのではないかと考えた。覚醒度は内的な状態を意味し、刺激の強さは外的な刺激の状態を意味するため、多少の意味のすり替わりがあるとは思うが、読者の皆さんは各自、適当と思える表現に変えて見られると良いだろう。

また、2.の桝目が細かすぎる点については、中性点を示す必要があるため奇数段階ということになり、3, 5, 7, 9といった候補が考えられるのだが、3では粗すぎるので5段階あたりが適当ではないかと考えられる。

なお、この手法については、シューバート(Schubert 1999)がタッチパネルを使った方法(2DES: 2 Dimensional Emotion Scale)を提案している。図2はウィクストレム(Wikstrom 2015)がタブレット端末に実装した例だが、このように、特に枡目は表示されていなくて、任意の場所を指でタッチするようになっている。タッチパネルを使う点は、タブレット端末が安価になった昨今では多いに取り入れるべきことだと思う。ただし参照軸が表示されていないため、自由に指を置いたり移動したりできるように思えるが、実際にやってみると結構難しい。

また、シューバートは音楽試聴の時の印象の動的変化を測定する目的で開発しているが、ウェブサイトの場合であれば、画面ごとに一回ずつ評価すれば良く、必ずしも連続的にデータをサンプリングする必要はないだろう。

図
図2 シューバート(1999)の2DESを、ウィクストレム (2015)がタブレット端末に実装した例

例外的なUX予測評価法 – 感情グリッド改良版

ここで、仮に感情グリッド改良版と呼ぶ手法を紹介しておこう。これはタブレット端末の画面に図3のような枠を表示し、たとえばウェブサイトの画面であれば、インタラクションによって画面が変化した都度、画面のなかのどれかのセルをタッチしてもらい、その座標を[i, j] (i=1…5, j=1…5)のように記録するもので、簡単なAPPとして自作することができるだろう。

図
図3 感情グリッド改良版の画面

この手法を使えば、ウェブサイトの画面の印象がちょっと強すぎるかな/弱すぎるかなといった点や、ユーザにネガティブな印象を与えてしまったかな、ということが分かるため、画面設計に対する感情的フィードバックを得て、それを改善すべきかどうかを検討する情報として設計中にも活用できるだろう。お試しいただきたい。

参考文献

Izard, C.E., Dougherty, F.E., Bloxom, B.M., and Kotsch, N.E. (1974) “The Differential Emotions Scale: A Method of Measuring the Subjective Experience of Discrete Emotions” Vanderbilt University Press

Plutchik, R. (1991) “The Emotions” University Press of America

Russell, J.A. (1980) “A Circumplex Model of Affect” Journal of Personality and Social Psychology, 39(6), pp.1161-1178

Russell, J.A. and Bullock, M. (1985) “Multidimensional Scaling of Emotional Facial Expresssions: Similarity from Preschoolers to Adults.” Journal of Personality and Social Psychology, 48, pp.1290-1298

Schubert, E. (1999) “Measuring Emotion Continuously: Validity and Reliability of the Two-Dimensional Emotion-Space” Australian Journal of Psychology, 51(3), pp.154-165

Wikstrom, V. (2015) “Emotion Transfer Protocol – Experiments in Emotion Transmission” Master’s Thesis, Aalto University