ヒューマンログとオブジェクトログ

最近、マイライフビッツ(My Life Bits)とか、ライフログ(Life Log)という言葉が話題になっている。マイライフビッツはマイクロソフト社の研究所が、ライフログはアメリカ国防総省(DOD)がそれぞれ行っている研究プロジェクトだ。どちらの研究でも、個人あるいは家族が撮影した写真やビデオ、閲覧したウェブ、送受信した電子メール、電話、請求書、視聴したテレビ番組、読んだ雑誌などをどんどんコンピュータに記録していこうとしている。それだけ沢山の情報を保存して、いったい何をやろうというのかが気になるが、マイクロソフト社の方では、データベースやOSの開発のためにそれを利用しようとしているらしい。また国防総省の方では、リアルな訓練プログラムや戦闘用ロボットの開発、あるいはテロリストの行動予測などに使おうとしているといわれている。

これらは個人が利用する可能性も検討されており、トロント大学のスティーブ・マン(Steve Mann)氏がビデオとセンサーで自分の行動を記録してきた研究などは、そうした目的に近いだろう。また野島久雄氏の思い出工学という考え方もそれに近い。要するに、一種の自分史として、自分に関わりのある情報を一切合切コンピュータないしAVデータとして保存してみようというものだ。もっとも、それだけ大量の情報は、ただ保存しただけでは意味がない。それを活用するために、どのような検索の仕方、あるいは編集の仕方を考えるか、というところが研究としてのポイントになるだろう。

こうした考え方を歴史的にたどると、バネバー・ブッシュ(Vannever Bush)のMemexというコンピュータによる人間の記憶の延長システムの考え方に行き着くのかもしれない。Memexの考え方はWebというハイパーメディアとしても実現されたが、コンピュータによる記憶の延長には様々なアプローチがあり得る、ということだ。

ところで、こうしたログの取り方はユーザビリティ研究にとっても使えるのではないか、と考えた。もともと私自身、昨年の暮れあたりから、15分ダイアリー(現在はtime frame diaryと呼んでいる)法を考えて同じようなことをやってきた。これは生活者の実態を把握するために、15分刻みで、どこで何をしていたかをA4の用紙に手書きで記入していただく、というものだ。10人近くのインフォーマントの方々に一日24時間、一週間連続して記録をしていただいた。そのときに特に焦点にしたのは、情報機器の利用ということで、人々はどのようなきっかけで情報機器にアクセスし、どのようなきっかけでそれから離れるのか、またそれは何のためにアクセスするのか、といったことを調べることが目的だった。記録を取り終えてから、インタビューを行い、このときはどうしてパソコンを利用しようとしたのですか、といった類の質問をいろいろとやったわけだ。考えてみると、私自身のこのアプローチも一種のライフログではないかと思った。

そんなわけで、様々なログの取り方を考えてみた。テキストによるもの、音声によるもの、スチルフォトによるもの、ビデオによるもの、などだ。それと位置情報もというわけで、GPSやRFIDタグの利用なども考えた。このあたりについては、いつか整理して学会に報告したいと考えている。

さて、こうした技術を使ってユーザビリティに関連してどのようなことができるかというと、ともかく生活の実態を把握し、そこに潜在している問題点を発掘する、という目的に使えそうだと思った。一つの使い方をご紹介すると、まずは人間にtagを付ける。そして、彼・彼女が使いそうなものにもtagを付けておく。こうしておいてtagの位置情報を把握すると、人間の行動パターン(ヒューマンログ)とモノの利用のされ方(オブジェクトログ)が取れる。たとえばパソコン関連の機器や書類、書籍などにタグをつけておくと、ヒューマンログとオブジェクトログを合わせることにより、職場や家庭で仕事をしているときに、誰がどのような人工物にどのようなタイミングでどの場所でアクセスしたのかという記録が取れる。このデータを時系列的に空間上で再現するようなソフトを利用し、その記録をインフォーマントと一緒に見ながら後刻インタビューを行う。そうすれば、特定の動作を行った理由を知ることができる。そして、そうした記録を分析していけば、現在の人工物システムの問題点を知ることもできるだろう、という次第だ。

年があけてから、こうした取り組みを実際に行ってみる予定でいる。その報告はまたの機会に。

公開: 2003年12月1日
著者: 黒須教授