UXとは:その定義と、UXデザインのプロセス
UXとは、製品・サービスとのやりとりでユーザーの中で生じる主観(感覚・感情・反応など)のことです。UXデザインとは、ユーザーにとっての理想的な体験のために、製品・サービスを企画・提供することです。UXデザインには、ユーザー参加型調査によって担当者が現状のUXを認識・理解する過程が含まれています。
1. UXとは
UX(ユーザーエクスペリエンス/ユーザー体験)という言葉は、多くの人・団体によってさまざまな定義・説明がなされています。標準規格における定義を言いかえると、UXとは「製品・サービスの利用中や利用の前後にユーザーの中で生じる、感覚・感情・反応など」と表すこともできます。また、UXは、「顧客体験価値」と訳されることもあります。
1.1 ユーザーエクスペリエンスの提唱者らによる定義
もともと、ユーザーエクスペリエンス(User Experience)という言葉は、1995年のドナルド・ノーマン博士の発表によって広く知られるようになりました。
当時、Apple Computerでのヒューマンインタフェースの研究者だった博士は、ユーザーエクスペリエンスという言葉を生み出したのは、ヒューマンインタフェースやユーザビリティという概念では狭すぎて、人がシステムで体験するあらゆる側面をカバーしたかったからだと、のちに述べています。
そのノーマン博士がヤコブ・ニールセン博士と1998年に設立したNielsen Norman Groupでは、ユーザーエクスペリエンスについて次のように説明しています:
「ユーザーエクスペリエンス」には、エンドユーザーと、企業・サービス・製品とのやりとりのあらゆる側面が含まれる。
模範的なユーザーエクスペリエンスの第一の要件は、悩ませたり面倒をかけることなしに、顧客のニーズを正確に満たすことである。次に必要なのは、製品を所有することがうれしく、利用することが楽しくなるような、簡潔さと上品さである。
The Definition of User Experience (UX) – Nielsen Norman Group(訳・強調:イード)
ということは、UXは、ユーザーが製品・サービスをどう使うかにとどまらず、製品・サービスやその提供企業に対する印象なども含む、より大きな概念であることがわかります。
なお、このサイトでは、ヤコブ・ニールセン博士やNielsen Norman GroupのメンバーがUXのデザインやリサーチ(後述)について解説しているコラム「ニールセン博士のAlertbox」の日本語訳を公開しています。
1.2 標準規格における定義
標準規格の1つに、ユーザビリティの概念を説明したJIS Z 8521:2020『人間工学-人とシステムとのインタラクション-ユーザビリティの定義及び概念』(ISO 9241-11:2018を一部変更)があります。その中で、ユーザーエクスペリエンスは以下のように定義されています:
ユーザエクスペリエンス(user experience)
システム,製品,又はサービスの利用前,利用中,及び利用後に生じるユーザの知覚及び反応。
注記1 ユーザの知覚及び反応は,ユーザの感情,信念,し(嗜)好,知覚,身体的及び心理的反応,行動並びに達成感を含む。
(注記2・3・4は省略)
JIS Z 8521:2020(強調:イード)
これを読むと、UXとはユーザーにとっての主観的なものだということがはっきりわかります。また、この定義では、UXには製品・サービスの利用の前後も含むのだということが明示されています。
なお、ISOにおいてはじめてuser experienceの定義がなされたのは、ISO 9241-210:2010のようです。
1.3 UX白書による解説
2011年発表の『ユーザエクスペリエンス(UX)白書』(オリジナル)でも、「ユーザーが実際に利用した経験は、ユーザエクスペリエンスの中心となるものです。ただし、それだけではUXに関連する全ての要素をカバーしているとは言えません」として、UXには期間があり、以下の3種類(+1種類)に分けられると述べています:
- 一時的UX
- 利用を体験する。そのインタラクション中に感じる感情の特定の変化。
- エピソード的UX
- ある体験を内省する。ある特定の利用エピソードに関する評価。
- 累積的UX
- 多種多様な利用期間を回想する。特定のシステムをしばらくの期間利用した後の見方。
また、3つの他に、これらのUXの期間よりも前に体験を想像することを「予期的UX」と呼んでいます。
この図を見ると、UXとは、時間軸のある長期的なものであることがよくわかります。
なお、この『ユーザエクスペリエンス(UX)白書』は、2010年に開催されたUXセミナーでの議論をもとにまとめられたものです。このセミナーに参加なさった黒須正明先生には、このサイトでコラム「黒須教授のユーザ工学講義」を連載していただいています。
1.4 「UI/UX」という表記
「UI/UX」や「UX/UI」という表記を見かけますが、UXとUIは次元の異なる概念であり、区別が必要です。
「UI」はUser Interface(ユーザーインタフェース)の略で、システム側にある、ユーザーと接する部分(境界=インタフェース)のことです。具体的には、ユーザーが操作するサイトやアプリの画面、ハードウェアのボタン、音声アシスタントやスマートスピーカーとの対話などが挙げられます。
確かに、特にデジタル製品・サービスにおいては、そのUI(システムの操作部)の出来(ユーザビリティの高さ)が、UX(ユーザーの主体的な体験と、それから生じる知覚・反応)に対して大きな影響を与えます。
しかし、UIで操作した結果もたらされるもの、たとえば、提供される機能やサービス内容、その品質などUI以外の要素が不十分であれば、ユーザーは満足できず二度と利用しないかもしれません。また、ここまで見てきたように、UXは製品・サービスの利用中のことだけに影響されるものではありません。事前に期待を持たせるLP(ランディングページ)の内容やそこから受ける印象も、UXに影響を与えます。
ですから、ユーザーによりよい体験をしてもらうためには、UI以外の要素も重要なのです。
2. UXデザインとは、UXを直接デザインすることではない
それでは、「UX」に「デザイン」が付いた、「UXデザイン」とは何なのでしょうか。これは、「ユーザーにとって理想的な体験をしてもらえるように、製品・サービスを企画・提供すること」を指しています。
「UXデザイン」という表現から、UIと同様にUXもメーカーやサービス提供者が直接デザインできるものと誤解されがちです。しかし、これまで述べてきたとおり、UXはユーザー個人の主観的なものですから、あくまで「UXのためにデザインする(design for UX)ことができるだけなのだ」と心得ておく必要があります。
2.1 千葉工業大学・安藤先生の定義
一例として、千葉工業大学の安藤昌也先生はUXデザインを次のように定義しています:
ユーザーがうれしいと感じる体験となるように、製品やサービスを企画の段階から理想のユーザー体験(UX)を目標にしてデザインしていく取組みとその方法論をUXデザインと呼ぶ。
安藤昌也『UXデザインの教科書』(強調:イード)
2.2 UXデザイン≒ユーザー中心設計
UXデザインの具体的な流れは、「ユーザー中心設計(または人間中心設計)と呼ばれる、ユーザーを巻き込んだデザイン活動」と考えるといいでしょう。
人間中心設計は、JIS Z 8530:2021『人間工学-人とシステムとのインタラクション-インタラクティブシステムの人間中心設計』(ISO 9241-210:2019を一部変更)の中で以下のように定義されています:
人間中心設計(human-centred design)
システムの利用に焦点を当て,人間工学(ユーザビリティを含む。)の知識及び技法を適用することによって,インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計及び開発へのアプローチ
JIS Z 8530:2021
人間中心設計の活動がどのようにつながっているかを示したのが以下の図です:
人間中心設計の活動は、UXの現状を理解し(7.2)、ユーザーニーズを明確にします(7.3)。そして、そのユーザーニーズを満たすようにシナリオやプロトタイプをデザインし(7.4)、そのデザインが本当にユーザーニーズを満たしているかを評価する(7.5)、という流れになっています。
UXデザイン、つまり、ユーザーにとって理想的な体験をしてもらうためのデザインプロセスには、現状のUXの理解やデザイン案の評価が必要であり、ユーザーの参加やユーザー視点の評価が不可欠なのです。
2.3 デザイン思考
UXデザインと似た概念に、「デザイン思考」(design thinking)があります。
放送大学名誉教授の黒須正明先生は、以下のように述べています:
design thinkingは、「『デザインにおける思考法』を重視した設計プロセス」ということになり、さらには、「『「デザインにおける思考法」を重視した設計プロセス』によってクリエイティブな発想にもとづいたイノベーションを目指したアプローチ」のことを意味するようになった。
黒須教授のユーザ工学講義「改めて『デザイン思考』を考える」(強調:イード)
ここでは、デザイン・コンサルティング会社のIDEOと、デザインに関する研究・教育機関であるStanford d.school (Hasso Plattner Institute of Design at Stanford University)の説明を取り上げます。
IDEOでは、デザイン思考を以下のように説明しています:
デザイン思考とは、顧客ニーズの理解、ラピッドプロトタイピング、創造的なアイデアの創出を軸とした、人間中心のイノベーションへのアプローチである。それは、製品、サービス、プロセス、組織の開発方法を変革するものである。
Design Thinking – IDEO U(訳:イード)
このうち、「インスピレーションを集める」は「外の世界に出て、人々が本当に必要としているものは何かを観察し発見することでインスピレーションを得る」とし、「テストして学ぶ」は「プロトタイプをテストしてフィードバックを収集し、反復する」としています。
また、Stanford d.Schoolでは、デザイン思考には以下の5つのモードがあると提唱しています:
IDEOのプロセスもStanford d.schoolのモードも、全体の流れをどう分解するかの違いはありますが、ユーザーの置かれた状況やニーズを理解し、具体的な解決案を作った上で、その案を評価するものであり、ISOやJISで定義されている人間中心設計のプロセスと大きな違いはないことがわかります。
2.4 UXデザインとUIデザインの違い
IDEOにおける具現化されたアイデアや、Stanford d.schoolにおけるプロトタイプも、UI(ユーザーが操作する部分)だけではなく、JIS Z 8530:2021にある「ユーザ要求事項に対応した設計解」のことを指しています。UIの表面的な部分だけをプロトタイプにして評価するのではありません。
UIデザインが直接影響を与えるのは、あくまでUXの一部(利用中のUX)だけです。上の「『UI/UX』という表記」でも述べたように、利用前後を含めたUX全体には、UIだけでなく、提供される機能・内容・品質、また、事前に目にすることになるLPなどといった要素も大きく影響します。「UXデザイン≒UIデザイン」なのではなく、「UXデザインの中にUIデザインも含まれている」というのが正確な認識でしょう。
3. UXデザインの根幹をなす、UXリサーチ
UXデザインとは、ユーザーにとって理想的な体験をしてもらえるように、製品・サービスを企画・提供することです。そのため、UXデザインの中には、製品・サービスを具体化する前には現状のUXを把握し理解するという調査の活動が、デザイン案・プロトタイプ作成後にはユーザーからフィードバックをもらうという評価の活動が含まれています。
ここでは、前者の活動について説明します。
後者の、ユーザー目線でのフィードバックをもらう活動の1つで、UIの操作性(ユーザビリティ)のブラッシュアップを目的とした「ユーザビリティ評価」については、「ユーザビリティの評価手法」ページで説明しています。
3.1 ユーザー調査で、UXを把握する
UXの理想形を作り上げる前に、まずは、現状のUXの把握、つまり、想定ユーザーを対象として、その人の体験について調査を実施する必要があります。
調査は主に、既存の製品・サービスの改善・リニューアルの際は自社の製品・サービスの利用者を対象に、新しい製品・サービスの企画の際は他社の製品や関連サービスの利用者を対象に行います。
調査では、ユーザーの置かれた状況、製品・サービス自体やその情報との接触状況、行動・思考・感情・ニーズなどを把握します。
調査手法としては、従来からある1対1のデプスインタビューや日記法の他、コンテキストインタビューやエスノグラフィー調査といった観察と質問を組み合わせた調査がよく用いられます。
参考
3.2 現状のUXをモデル化し、そこから課題を抽出する
調査実施後、その結果(現状のUX)を分析し、行動・理由・ニーズや、その背後にある価値観などを抽出していきます。複数のユーザーの中で行動・ニーズ・価値観などが類似した人を、親和図法(KJ法)などの分析手法を用いてまとめていきます。その際、調査担当者だけで分析するのではなく、想定ユーザーやそのUXへの理解を深めるため、製品・サービスの企画・開発に携わる人たちも参加したワークショップ形式で行うこともあります。
ニーズには、すでに満たされているものも、満たされていないものも含みます。満たされているニーズはその製品・サービスの価値といえます。一方、満たされていないものは未充足の価値、つまり、その製品・サービスの課題(ペインポイント)といえます。
ニーズや価値観などが類似した人をまとめ、製品・サービスの企画・開発担当者間での統一された理解のために仮想のユーザー像としてモデル化したものをペルソナと呼びます。
製品・サービスの企画・開発担当者が容易に理解し思い出せるように、ユーザー像や、行動・感情の時系列的な変化をカスタマージャーニーマップという形式で可視化します。
カスタマージャーニーマップでは、行動や感情の変化が特に目立つように記されますが、この図の上のほうにあるように、そのユーザー像のニーズや期待も端的に記載されます。
参考
製品・サービス自体や、それらに関する情報源(例:CM・LP・コールセンター)など、ユーザーとの接点を「タッチポイント」といいます。各タッチポイントにおけるペインポイント(満たされていないニーズ・未充足の価値)を把握し、ユーザーによりよい体験をしてもらうために、製品・サービス提供者として取り組むべき課題をリストアップします。
参考
3.3 課題を解消した、理想的なUXを描く
現状のUXにある課題・ペインポイントが明確になったら、それを解消したUXを、理想のカスタマージャーニーマップとして描きます。ユーザーにとって理想的な体験をしてもらえるように製品・サービスの企画・開発担当者間でこれを共有し、業務に活かしていきます。
まとめ:UX向上の第一歩は、UXの現状把握から
ここまで、以下のことを見てきました:
- UXとは、製品・サービスとのやりとりで生じる、ユーザー個人の主観的なものであること
- UXデザインとは、ユーザーにとっての理想的な体験のために、製品・サービスを企画・提供すること
- 理想のUXのための製品・サービスの企画・開発には、担当者が現状のUXを認識する必要があること、そのためには、UXデザインのプロセスには、調査を通じたユーザーの参加が不可欠であること
もし、その「UX」がユーザー参加型の調査をやらずに作り出されたものならば、ユーザーにとって望ましいUXにならない恐れがあります。ユーザーに理想的な体験をしてもらうため、まずは現状のUXを調査し、そこにある課題を洗い出しましょう。
具体的な調査手法については、「価値あるUXを提供するための調査」をご覧ください。