CEOに贈る言葉

企業活動は基本的にトップダウンである。ボトムアップの提案が受け入れられることもあるが、概してそれはトップダウン的にそうした提案を募った場合に限られる。そうした意味で、上長、さらにはその上長の上長としてのCEOの責任は大きい。社内の企業文化を形成するのは彼らトップだからだ。

今の日本で各社においてユーザビリティに関する意識が漸増状態にあることは好ましいといえる。しかし、その多くの場合、それはCEOのような最高責任者が意識してやったことではなく、ある部門において部門長の判断で局所的に活性化している傾向が強い。そのことは、部門長が替わるとまた一からやり直しになる危険性があるということでもある。言い換えれば、ユーザビリティという概念の意味を最高責任者が本当に理解してそれを推進している企業は未だにきわめて少ないと言わざるをえないだろう。経営とは利潤をあげることであると考えている哲学のない経営者がいかに多いことか。

哲学といっても別にヘーゲルやカントを勉強して欲しいということではない。自分の企業の行っている活動がどのように市場を形成し、その中で消費者がどのようにその製品やサービスを受け取り、そしてそれを生活や業務の中で活用しているのか、いないのかをきちんと考えるということだ。市場のことを考えない経営者はまずいないだろうが、その先を考える経営者、生活者の視点に立って自社の在り方を考える経営者がどれだけ居てくれるのか、そのあたり、ユーザビリティが一時のブームに終わることのないように望む筆者としてはとても気になる点である。

経営者に哲学がないな、と感じられる場合は幾つかある。たとえば方針がコロコロと変わる場合だ。人間中心設計のアプローチで特定のテーマに関する研究が進んでいて、ああこの方向で製品を出せば、きっとユーザのニーズに適合して売り上げにも貢献できるだろう、と考えていた矢先、そのプロジェクトが解散、となったケースを私は複数知っている。いろいろな社内事情はあったと思う。プロジェクトリーダがそのテーマについての説明を適切に行えていなかったのかもしれない。しかし部下からの提案を待っているような受け身的な姿勢で人間中心設計をとらえようとするのでなく、自ら人間中心設計を推進しようとする経営者がいたなら、社内からそうした芽を見つけ、それを育てようという気持ちになったはずだ。それができなかったということは、そもそもその経営者に人間中心設計についての理解が無かった、と判断せざるを得ない。

企業は人だと良く言われる。たしかにその通りだ。社員も人なら経営者も人。人間の考え方はなかなか変わらないものだとすると、経営者を含めて「人」をごっそりと入れ替えない限りその社風や企業文化は変わらないものかもしれない。しかし、それではあまりに現実的でなさすぎる。我々は現実的な解を求めなければならない。

人間中心設計に証拠を要求する管理者や経営者は多い。証拠があるなら、そのアナロジーの戦略を立てれば、そこそこ類似した成果が得られると考える。こうした考え方はたしかに大きく間違っているとは言えない。しかし、考えてみると、その発想の何と貧困なことか。自分の哲学が無いというのはそういうことなのだ。なぜ人間中心設計が必要なのか、それをどのように運用すれば自社において更なる発展が期待できるのか、そうしたことをなぜ自分の頭で考えようとしないのか。証拠がなければそれを信用しないというのは、猜疑心の塊か、さもなければ自分の頭が働いていない証拠である。

企業経営者は新しいパラダイムに敏感である。パラダイムを変えれば、これまでとは違った結果が、そして期待値的には更なる利益が到来すると期待する。責任を一手に背負ってしまった立場上、そうした期待にすがろうとする気持ちは理解できなくはない。だが、あまりに企業組織の中にがんじがらめになってしまっていたのでは、ユーザの声など届くわけがない。会議を繰り返すことが自分の仕事だと誤解してしまう経営者がいかに多いことか。

昔、ぼろをまとって市内をさまよった王様の話があった。別にぼろをまとう必要はない。普通のワイシャツとズボンでいい。とにかく専用の高級車を捨てて、町にでて、人々を見、人々と話しをし、その経験から人間中心設計の考え方を体得して欲しいものだ。経営者と話しをすると、自分の娘がどうのこうのという話しをすることがある。彼らにとってはそれがユーザの代表なのだろう。それでもいいが、それだけでは困る。

人間中心設計を新しいパラダイムの一つとして受け取ってもらっても構わない。言葉など変えてしまっても構わない。要は考え方であり姿勢である。今の立場からすると、そしてこれまでの企業経営者の在り方を振り返ってみると、人間中心設計を取り上げることは大きな決断を必要とするのかもしれない。しかしロジックを考えて欲しい。本来物事はどうあるべきなのか。そして本来、どのようにすれば良い製品がうまれるのか。結局は人に使ってもらえなければ製品もサービスもあり得ないのだから。

公開: 2004年6月28日
著者: 黒須教授