ユーザブルな行政の電子化

自治体行政の電子化や電子政府に向けた動きが活発になってきている。私も自治体関係者の皆さんのMLに参加させていただいて、そうした動向について勉強しているところである。

転入や転出など各種の手続きが電子化され、わざわざ役所に出向くことなく自宅や出先からパソコンで用が済むようになればたしかに便利だろう。しかし電子投票やコミュニティの電子化など、行政への市民参画という課題に関しては検討しなければならない課題が多い。関係者の皆さんが描いている夢は、電子化によって行政への参画が容易になり、結果的により多くの市民が行政に参画できるようになって、現在以上に行政が民意を反映したものになる、という方向のものだろう。しかし、そのためには単に電子投票の仕組みやBBSを行政のサイトに組み込むだけで達成されるとは考えにくい。もちろんパソコン利用のリテラシー普及という課題もあるが、それよりも根本的な課題があるように思われる。

民意をくみ上げる仕組みを作ることは、機器やシステムを設計するプロセスに似ている。人間中心設計の立場からユーザビリティの高い機器やシステムを設計するには、まず上流工程で仮説を構築し、その後、その仮説を検証し、検証された仮説にもとづいて要求事項を整理してコンセプト構築、さらには下流工程での試作と評価の反復に至る、というプロセスをたどる必要がある。

上流工程で仮説を構築するには定性的なフィールドワークの手法を用いて、生活者の意見や要望、それに必要性といったことを、実際の生活現場の文脈の中から引き出す。そのようにして問題点が明らかになったら、定量的な質問紙手法などを用いて、どの問題点がどの程度重要であり、他のどのような問題点と関係しているか、などを明らかにする。

民意のくみ上げのプロセスは、行政のデザインにおける上流工程に相当するわけで、そのやり方もこのようにして、定性的アプローチと定量的アプローチを組み合わせることが必要だと思う。ここで定量的アプローチに相当するのが電子投票のような仕組みを入れ、どのような意見が多いか、またどの程度意見が集約されているのかを確認することであり、これは仮説検証に相当する。しかし、質問紙調査において重要なのは、適切な選択肢を用意することであり、選択肢の作り方にバイアスがかかっていたり、的確な選択肢が用意されていなかったりしたのでは、調査結果は信頼できないものになる。その意味で、行政の電子化においても、仮説構築のプロセスが重要になる。

行政の電子化において適切な仮説を構築するためには、まず民意の多様性とそれが生まれてくる状況や背景を知る必要がある。現在の仕組みでいえば、BBSなどを利用して、そこで行われる意見を知ることから仮説検証のための選択肢を考えるということになる。

現在、多くの自治体サイトにBBSが導入されているが、こうした目標を考えると、その実態にはまだ目標との間に大きな隔たりがある。

まずそこに参加している人が少ない。電子化が特に積極的には展開されていない一般的なケースとして、奄美大島の名瀬市の地域コミュニティ掲示板の例を取り上げると、今年2月の時点で人口は41,857人、掲示板に対する発言は二年間で合計186件、発言者は合計92人、つまり全人口の0.2%であった。そのうち一度しか発言しない人が約7割で、もっとも発言している人は14回だった。この発言回数と人数のグラフはきれいな指数型減少カーブとなった。その他の自治体に関する調査は現在進行中だが、おそらく同様の傾向を示すだろうと予想している。活発な地域といえども発言者の全人口比率がたとえば30%以上に達しているというケースは稀だろう。ここで問題になるのは残りの99.8%、41,765人の人々の考えていることはどういうことなのだろう、という点だ。

この点で浜松市で行ったグループインタビューの結果が興味深い。合計して20名の市民の方に、行政への積極的関与の経験を尋ねたところ、意外にも半数以上がそうした経験を持っていた。しかし、ほとんどの場合、役所に電話などをしてみたものの、その応対に満足できず、以後、積極的関与を諦めてしまって現在に至っている、というのだ。

行政に対する態度を三つに大別すると、(1) 行政に関心や問題意識があり、積極的にBBSなどに参加して発言する、(2) 関心や問題意識がないわけではないが、さまざまな理由から特に積極的に参加や発言はしていない、(3) 関心や問題意識が低く、もちろん参加や発言もしていない、となるだろう。ここで(1)の人々はBBSなどにも参加してくると思われる。また(3)についてはある意味で自らの権利と義務を放棄しているともいえるので、考慮の対象とするといった程度の対応で良いだろう。問題は(2)のケースだ。先の浜松のケースは(2)に相当すると考えられる。声なき声になってしまったことには様々な経緯や理由があるだろうが、ともかく参加してくれないことには仮説構築が妥当なものになるはずがない。その意味では、行政電子化の前に、現在の行政における市民への対応を変革し、市民のやる気を喚起すると同時に、彼らの積極性を削いでしまわない対応を心がけるという必要があるように思われる。

次に考えなければいけないのは現在のBBSやMLといった仕組みである。これらの仕組みは、ネットがまだ少数のコミュニティで利用されていた時代に作られた。そのため、特にBBSなどは何万人もの人々が利用するには適切とはいえない。

現在の利用実態の中でも、強い印象を与える発言になびいてしまいやすいとか、多数の意見がまとまりかけてくると違った意見がだしにくくなる、タイミングがずれると発言しにくくなる、消極的になってしまいROMになる、言葉だけのやりとりなので感情的な食い違いが起きやすい、など多数の社会心理学的問題の発生することが知られている。これらのうち多くは対面の会議などでも発生していることだが、テキストだけのコミュニケーションの場合には場の雰囲気がつかみにくいなど、問題解決をさらに困難にする要因が加わっている。現在適切にBBSを運用している自治体では、モデレータの献身的な努力がこうした問題をある程度はカバーしているが、完全にできているわけではないし、参加人数が爆発的に増えた場合にはフォローしきれなくなる可能性が高い。このような問題を解決するためには、従来のBBSなどとは異なった新たなコミュニケーションシステムを構築する必要があり、人間科学と情報技術の立場から新しい仕組みを開発しなければならない。

この他にもまだいろいろと検討すべき課題はあるだろう。しかし時代と技術の波は確実に行政の電子化という方向に向かっている。であればこそ、市民中心設計の立場にたってユーザビリティの高い行政システムをデザインするべく、上流プロセスの改善に対して、人間科学や社会科学と情報技術、そしてもちろん現場の行政の皆さんが連携し、新しい仕組みを作り、それが活用される場を構築するようにしていかねばならないだろう。

公開: 2004年7月12日
著者: 黒須教授