ペーパープロトタイピング

プロトタイピングという技法は、ソフトウェア開発や機器デザインなどで、これまでもしばしば利用されてきた。完全な製品やシステムを作り上げてしまってから問題が発見されたのでは、手戻りが大きく、開発工程に大きな影響を及ぼす可能性が高い。そのためにその「原型」を簡単に作っておいて、まずその段階で動作チェックやユーザビリティ評価を行い、徐々に完成度を上げてゆき、そのたびに動作チェックやユーザビリティ評価を行うことによってじわじわと完成品に近づけてゆくというやり方が考え出されたのだ。

このやり方には、水平プロトタイピングと垂直プロトタイピングが区別されている。前者は盛り込みたい殆どの機能をプロトタイプに導入するが、その多くは実際にはほとんど機能しない。その意味では、インタフェース系のプロトタイピングでは、画面デザインやリモコンのボタン配置などで良く利用されてきた。後者は、盛り込む機能のうちの一部を特にきちんと作っておき、操作による分岐なども入れておく。それによってその機能の完成度を高めることを狙うものである。インタフェース系のプロトタイピングでは、たとえばATMの振込操作のプロトタイプなどで、その操作の流れの適切さを判断するために使われてきた。

プロトタイピングにはまた忠実度という概念がある。高忠実度と低忠実度とが区別され、たまに両者の中間として中忠実度というプロトタイプが利用されることもある。高忠実度プロトタイプというのは、最終的な製品やシステムに対する近似度の高いものであり、低忠実度のプロトタイプというのは、それが低いものである。実際にタッチパネルを使って画面を表示し、キーボードやマウスの操作ができるというようなものは、高忠実度プロトタイプといえる。ワーキングモックアップともいわれる。これに対し、低忠実度プロトタイプでは画面のラフなイメージが描かれているだけのものであったりする。多くの場合、設計プロセスの流れからいうと、低忠実度プロトタイプから始まり、徐々に高忠実度のプロトタイプに移行していく。

さて、そうした低忠実度プロトタイプの実施方法の典型がここで紹介するペーパープロトタイプだ。これまで日本には適切なテキストがなく、関係者は手探り状態で、あるいはアメリカなどの外国から情報を仕入れてその試行を行ってきたが、今回、オーム社から、Carolyn Snyder著の「ペーパープロトタイピング」が出版されたので、今後はこの手法が日本でも積極的に利用されるようになるだろうと予想している。

ペーパープロトタイプは、文字通り紙を使ってプロトタイプを作る。その意味では平面構成的な画面デザインに利用されることが多いが、応用範囲はそれにとどまらない。ともかく紙の上にラフなイメージを手書きで作成する。ここでラフというのが一つの大きなポイントだ。あまりきちんと書き込んでしまうと、Snyderの言っているように、人々は重要度の低い細部に注目してしまい、肝心な全体デザインについての議論が出来なくなることが多い。手書きというのももう一つのポイントで、定規を使ってしまうと完成した印象が強くなりすぎてしまうからだ。ともかくペーパープロトタイプはラフなコンセプトをラフな形で外化したものといえる。

もう一つ重要なのは、ペーパープロトタイプを利用した場合、それを評価のツールとして活用することだ。Snyderも紹介しているように、いわゆるユーザビリティテストによって評価を行うことが望ましい。そして、ユーザから何らかのフィードバックが得られたり、ユーザの行動や発話から何らかのヒントが得られたら、すぐにそれをプロトタイプに反映し、それを使って次のテストをやる。こうした形での反復設計がペーパープロトタイピングの基本である。そうした反復をやりやすくするためにもプロトタイプは簡単に、つまり手書きで行う必要がある。パソコンの描画ソフトなどを使ってしまうと、その見た目の完成度が上がってしまうと同時に、それを改変することが面倒になってしまう。これではプロトタイプを作った意味がない。

もちろんペーパープロトタイピングが時間効率の良い設計手法である、という点もその利点の一つである。その他、コンピュータ役の存在とか進行係の役割など、詳細についてはぜひ原典にあたってみていただきたい。

ともかく、特にソフトウェア開発や画面設計(Webデザインを含む)においては、今後、この手法が積極的に活用されるようになることを期待している。

編集部追記:書籍紹介

書名: ペーパープロトタイピング−最適なユーザインタフェースを効率よくデザインする
著者: Carolyn Snyder
監訳者: 黒須正明
出版社: オーム社
ISBN : 4274065669
価格: 3,360円

公開:2004年8月9日
著者:黒須教授

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