運輸業界のユーザビリティ

  • 黒須教授
  • 2005年9月26日

最近、運輸業界の関係者と話しをする機会があり、その業界でのユーザビリティのあり方について意見交換をすることができた。

運輸業界にはいま5台以上のトラックを持っている業者で計算した場合、全体で18,000社もあり、かなり過当競争の状況になっている。その意味で、その付加価値を高めることで生き残ろうと考える業者もかなり多いのだそうだ。

宅配便業者の場合、単に玄関先まで荷物を運んで帰ってしまうのではなく、届け先の家の設置場所まで運び、さらには開梱をし、そして電気機器などの場合には結線処理までやってしまう、そんな業者もでてきていると聞いた。コンビニへの集配作業は、何台ものトラックがやってくる煩雑さを避けるため、業者が個々の店舗に届ける荷物を品種にかかわらず一括して送り届けるというやり方はもうあたりまえのことになっている。冷凍車についても、商品に適合した冷凍温度にあわせて三段階の冷凍水準をもうけているものもあるそうだ。

こうして話を伺っていると、この業界ではかなりユーザ志向のマインドが既に浸透しているのだということが分かった。ひとつには中小の業者が多いため、社長自ら顧客を訪問し、いろいろと話をきき、新しい作戦を考えるというやり方をとることが多いという状況も関係しているだろう。まさに当事者主義、現場主義であり、ユーザビリティマインドそのものだ。

ただ、それで十分なユーザビリティ活動ができているかというと、まだやるべき余地は残されているように思った。たとえばドライバーが顧客のところを訪問したとき、その対応の仕方について顧客がどのような印象を持っているかについての情報は的確に得られているといえるだろうか。顧客には企業もあれば個人もある。企業の場合には、前述のように社長が足をはこぶというマーケティング活動が功を奏することも多いだろう。しかし個人顧客の場合にはどうだろう。トラックに同乗して顧客のところまで訪問している社長さんがいる、という話は聞かなかった。

そんなわけで、可能と思われるユーザビリティアプローチをお話しした。これは製造業でもそうなのだが、企業規模が大きくなるにつれて、顧客に関連した情報が社内に散財し、相互の情報伝達が不十分になってしまうことがよく発生する。運送業だって同じだろう。こうした場合、ユーザビリティ部門を設置する、あるいは少なくともユーザビリティ担当者を置き、そこをコアにして社内の顧客情報の一括管理と関係者による閲覧参照を可能にすることが必要だ。当然ながら、顧客情報は社としての意志決定に関係するため、その部署もしくは担当者は社長直属に近い位置づけとする必要がある。

ユーザビリティ担当者がいたならば、たとえば、その担当者はドライバーとともに個人顧客のお宅を訪問する。そしてドライバーや同乗者が荷物を運搬し、時には設置したりする様子を観察する。同時に顧客の様子も観察する。そして事後、簡単な面接聞き取り調査を行い、どのような点について満足感を抱き、どのような点について不満を感じたかを聞くのである。こうしたやり方は文脈における質問手法に近いものになる。もちろんある程度仮説が構築できた段階で、質問紙調査を行うのもいいだろう。

また、マイクロシナリオ手法を適用し、問題の分析や解決案の案出と選択を行うことも考えていいだろう。特にコスト意識の高い業界だから、解決シナリオに対するタグ設定によって、効果があり、かつコスト的に問題が少ない選択肢を選ぶことはとても大切になる。

こうした形でユーザビリティに取り組むなら、運輸業界はさらに顧客中心主義に徹することになり、新しいサービス形態を生み出すことができるようになるだろう。それは単なる付加価値ではなく、運輸業界としての本質価値であるのだ。