デザイン改悪はやめるべきだ

デザインは新規性を要求されることが多い。また企画担当者やデザイナーも新規性を追求する傾向がある。それは必ずしも悪いことではない。人間はいつも同じモノを見ていると飽きてしまうという性質をもっているからだ。そうした新規性欲求に対応し、斬新なデザインを提供するというのは、市場原理にも適合しているし、そもそも人間の基本的特性にも合致している。

しかし、新規性を追求した結果、ユーザビリティを損ねてしまう可能性がある点について、企画担当者やデザイナー諸氏は十分に心していただきたい。

最近僕自身が経験したことをちょっと書こう。僕はあるメーカーのデジカメが気に入っていた。機能や性能が良かったこともあるし、使い勝手が良かったこともある。それで、そのシリーズは、市場に登場して以来、すべてのバージョンを購入してきた。ところが、つい最近でてきた最新機種に驚かされた。

これまでとの大きな変更点は大型液晶を搭載した点である。たしかに液晶表示というのはデジカメにとっては重要な要素だし、それを大型化するのは市場への訴求点になる。また欧米人がファインダーをのぞいて利用するのに対し、日本人は液晶で確認しながら撮影する傾向が高いという話しも聞いていた。もちろん撮影した画像を確認するうえでも大きな液晶は利便性が高い。おそらく、そうした理由から、この会社では液晶を大型化する決断を下したに違いない。

ところが、それが問題を生んだ。これまでは小型液晶を使っていたので、本体背面の左側に液晶と一緒に配置されていた操作系のボタン類が、すべて右側に寄ってきてしまったのだ。

デジカメを撮影するとき、ふつうは右手の人差し指でシャッターを押すだろう。すると本体をホールドするために、中指で前面を、親指で背面を固定することになる。この三点支持の形によってデジカメは利用されている。ところが、この最新機種では親指をあてておく場所がない。ボタン類が右側に寄ってきてしまったため、どこかのボタンに触らずには親指を置けないのだ。

これは明らかにミスデザインだ。親指の置き場所を確保しておかねば撮影の動作を確実にすることはできない。

従来のバージョンで親指の置き場所が確保されていたのには積極的な理由がなかったのだろうか。たまたま本体背面の右側は何も置かれていなかっただけなのだろうか。いや、とてもそうは思われない。わざわざ意図的に空けてあったとしか思えないデザインだったし、それは確実な操作性を確保するために有効なものだった。

しかし新しい機種のプランを検討するさいに、大型液晶を搭載するという大目標が設定され、親指の場所を空けておくという伝統的な使いやすさのデザインが踏みにじられてしまったのだろう。デザイナー自身が積極的にそれを考案したのだとしたらとんでもないことだし、企画担当者の意見にねじ込まれてしまったとすれば情けないことだ。

デジカメ本体の上部にはまだスペースがある。デザイナーの立場からは、そこを活用するという案も考えられるだろう。また、ダイヤル式のモード切替をプッシュスイッチにすることでスペース削減を図ることも考えられたはずだ。そうした配慮を一切せずに大型液晶のために使い勝手を無視してしまったことに対し、大きな憤りを感じた。

新規な特徴を出すことは基本的には悪くない。しかし、これまでの機種で確保されていたユーザビリティのポイントを忘れ、それを破壊するようなことまでして新規性を追求するのは良くないことだ。もし社内でデザイナーが交代したのだとしたら、社内での情報伝達プロセスに問題があることになる。技術情報の移転は大切なことだ。そしてもちろんユーザビリティに関する情報も技術移転されなければならない。ユーザビリティを単なる個人的ノウハウだと思ってはいけない。これはれっきとした技術情報なのだから。

公開:2005年11月22日
著者:黒須教授