トータルユーザビリティが欠落すると

ユーザビリティは機器単体、あるいはソフトウェア単体、ウェブ単体のものではない。ユーザビリティテストをやる場合、単体を対象としてテストを実施することが多いが、ユーザにとってみれば、ひとつの目標をなしとげるのに関係する全ての人工物のデザインが適切になされていないと意味をなさない。このことは頭では分かっているようでいて、実際には問題のあるケースが多い。その例を音楽プレーヤで見てみよう。

音楽プレーヤにはMP3を利用するタイプとそれ以外の形式を利用するものがある。またMP3を利用するものの多くは、パソコンからみると外部記憶装置のように見えるものが多く、その場合、パソコンに接続して必要なMP3ファイルをコピーするだけで作業は完了する。ところがMP3を利用するプレーヤの一部と、独自形式を用いているプレーヤでは、ファイルの移動に独自の転送ソフトを利用することになる。つまり、ユーザビリティの観点からすると、プレーヤのユーザビリティと転送ソフトのユーザビリティの両方が良くなければならないことになる。

僕自身は、そのような転送ソフト、さらには発展形としての音楽管理ソフトというものがあまり好きではない。単に外部記憶装置としてプレーヤを認識する仕組みの方が簡単で好きである。音楽管理ソフトで唯一ありがたい点は、CDからMP3に変換するときに、CDDBにアクセスして、曲のデータを自動的に引っぱってきてくれることだ。これはたしかにありがたい。そうしたデータを手入力することを考えたら、はるかに効率的だ。その点ではありがたいもの、ユーザビリティが高いものといえる。しかし、それ以外の点で、そうしたソフトウェアというものはたいてい余計なお節介ばかりしてくれる。

以前、同期を取ってくれるという音楽管理ソフトを使ったことがある。HDとプレーヤの間で同期をとり、不足している曲を自動検出してロードしてくれる。一見便利なように思えるが、同期を自動的に取るという点でユーザの主体性を無視している。さらに僕のように、プレーヤの容量をはるかに超えるデータをHDに入れているユーザにとっては意味がないとすらいえる。それですぐに使うのをやめた。

最近、ミュージックプレーヤを買い換えた。これまで使っていたものは乾電池式で、電池が切れればどこでもすぐに補充できて便利だったのだが、最近は電池式のものは市場にでていないみたいだ。どれも充電式。これだといくら電池の持続時間が長くても、切れてしまえば自宅などに戻って充電するまでは利用できない。なぜ、こういう有効さの低い充電式のものが世の中に広まってしまったのか、いささか理解に苦しんでいる。

さて、そのミュージックプレーヤ。世界中に有名なプレーヤではない。まあ、あちらも音楽管理ソフトはできがいいのだが、本体のユーザビリティに多少の問題がある。しかし、今回買ったものはそれよりも音質がいいことで有名で、そこに惹かれて買ってしまった。ノイズキャンセリング機能が本体についているという点も気にいった。これならサイズの大きなノイズキャンセリング付きヘッドホンを使う必要がないからだ。

しかし問題はそこからだった。最初に書いたように、この会社の作った独自の音楽管理ソフトを経由しなければ音楽をプレーヤに移せないのだ。こうしたことをやる理由が理解できないのだが、自分が世界の主流なのだ、あるいは主流になるのだ、という奢りからなのかもしれない。

自宅に戻って、そのソフトをインストールして使い始めた。しかし、まず最初に「ファイルの取り込み」という操作をやらねばならないらしい。そもそもなんでそんなことが必要なのか、よく理解できない。独自形式に変換して保存しているのだろうか。

処理を始めたものの、一向に完了する気配がない。ちなみに僕の環境は、CPUがIntel Core2 Quad Q6700 2.66GHz、メモリが2.00GB、OSはWindows Vista Home Premium SP1だ。そして音楽データはPopularだけでMP3 283GBという量である。もちろんメーカ側が予想もしなかっただろう多量の音楽データをもっていたことが、使い勝手の悪さに関係していたのかもしれない。

結局、283GBのデータのファイル取り込みに約12時間を要した。あきらめて寝てしまったらまだ朝になって処理を続けていたのだ。その間、ほかの仕事はあきらめざるを得なかった。

いや、データ量とは関係なく、このソフトは性能が悪い。とにかく重たい。これを起動していると、並行して仕事などできたものではない。ウィンドウを閉じるのに30秒、メーラーで返信ボタンを押してから、メール画面が開くまでに約1分。

このソフトはフラッシュで余計な広告画像を表示する。それだけのせいではないにしても、とにかくこのソフトの処理そのものが遅い。要するに、音響再生に関するハードウェア設計に関する要素技術には優れていても、システム全体の構築技術やソフトウェア開発力に課題があるといえるだろう。いいかえれば、要素技術だけで良いシステムは作れないということだ。

ハードウェア製品とそこに搭載されている組み込みソフトのできがよくても、音楽を楽しむために独自の音楽管理用アプリケーションソフトを利用しなければならないのなら、システムとしての全体を考えて、そのソフトのユーザビリティの向上に努力する必要がある。どこかにボトルネックがあると、システム全体の性能は落ちる。これはシステム設計のイロハである。そして、ユーザビリティについても同じことがいえるのだ。

さきほどは、家人が、自宅を出る前に28MBの英語の会話データをその機種に移そうとして、時間がない!、のろい!、と喚いていた。

公開:2009年7月17日
著者:黒須教授