サステイナビリティとユーザビリティ

エネルギー危機が意識されるようになった1970年代に登場した「サステイナビリティ」の概念は近年、企業戦略に積極的に取り入れられるようになった。サステイナビリティの概念は、ユーザビリティ関係者に対して、『頑強なユーザビリティ』を実現するという課題を提示する。

 グリーンとかエコとかサステイナビリティという言葉が流行っている。リサイクルとかスローライフ、地産地消という言葉もある。もちろん、こうした考え方は最近になって突然出てきたものではないし、また厳密にはそれぞれが異なる意味を持っている。

 こうした考え方が出てきたのはエネルギー危機が意識されるようになった1970年代だといっていいだろう。その時期、ローマクラブは「成長の限界」(1972)という報告書を出し、同年ストックホルムで国連人間環境会議が開かれた。世間ではエコロジーが重視されるようになり、ドイツでは緑の党が結成された。1970年代半ばには、日本でもリサイクル運動がスタートした。

 サステイナビリティという言葉も、1998年に作られたLOHAS(Lifestyle Of Health And Sustainability)というマーケティング概念によって一時期、ちょっとした流行になった。しかし、最近は企業戦略に積極的に取り入れられ、テレビのCMなどマスメディアに頻出するようになり、それに関連したキーワードを耳にする機会が多くなった。IDEOもスイスのGeorg-Fisher(GF)というクライアントに関する業務でサステイナビリティを重要な概念として位置づけているし、UPAのUXマガジン委員会でもその話題が盛んに論議されている。

 この言葉の定義としては、アメリカで1969年に作られたU.S. National Environmntal Policy Actにおける「to create and maintain conditions under which [humans] and nature can exist in productive harmony, and fulfill the social, economic and other requirements of present and future generations of Americans」という表現があり、また1987年にWorld Commission on Environment and Developmentに関する報告書で使われた「meeting the needs of the present without compromising the ability of future generations to meet their own needs」という表現がある。いずれにしても未来の人々に対する現在の人間の責任を訴えたものである。

 いいかえれば、サステイナビリティを重視することは、現在と同様の生活水準を将来も維持できるようにしようとすることである。そのためには、現在の生活のあり方そのものを考え直さねばならない。今のような生活パターンをそのまま継続しつづければローマクラブの予言のようになってしまう。

 これまでの生活のあり方を変えるためには、まずエネルギー浪費を避けることが必要と考えられ、省エネ家電が注目されるようになった。また限りある化石燃料への依存から脱却するために、太陽や風力、地熱などの代替エネルギーが注目されるようになった。その他、いろいろな側面で、これまでの生活のあり方を変革しようという動きがでてきている。

 さて、こうしたサステイナビリティの概念は、ユーザビリティ関係者に対してどのような課題を突きつけているといえるだろう。省エネや化石燃料依存からの脱却はすでに技術者がその課題に着手し、徐々に成果を上げつつある。これらは重要な課題ではあるが、ユーザビリティ関係者にとっての課題ではない。

 ユーザビリティ関係者にとっての課題は、継続可能な利用、ということだろう。それは機器や機能の消費、否、消耗を前提としたものづくりを考える必要があるということではないだろうか。ただしこの考え方は消費サイクルの変化をも意味するため、循環的な消費を前提とした製造業のあり方が根底から覆される可能性もあり、そのためか、あまり世間では注目されていない。しかし、サステイナビリティを実現するためには、新たな機能を搭載した製品が出てきたからというだけで、あるいはちょっとした部品が壊れたからというだけで、現有の機器を廃棄して新製品を購入するという現在の消費行動に対し、部分的にであれ歯止めをかけることが必要になるだろう。これは明らかに製造業にとっては危機的な考え方だろう。こうした動きを定着させるためにはビジネスモデルを切り替える必要がでてくるだろうし、その結果として、製品に対する対価を払う仕組みも変化することになるだろう。

 もし現有機器の製品寿命をこれまでの2倍、いや10倍にすることを考えると、そのインタフェースの設計についても慎重で首尾一貫した取り組みが必要になる。製品がでるごとに設計が変わるリモコンのインタフェース、機種ごとに、型番ごとに設計が変わる携帯電話、バージョンアップを当然のことと考えているかのようなWindowsやアプリケーションソフトのインタフェース、これらすべてに見直しをかける必要がある、ということである。

 大半の家電製品は成熟して飽和期に達しているといえるし、情報通信関連の製品もそろそろ飽和期に達しているように思える。たとえばWindowsなどのOSは、本当にバージョンアップをする必要があるのかとも思える。むしろ、現在の製品にみられる欠陥を見直して、最終バージョンを出してくれた方がいいように思う。新バージョンになってインタフェースが大きく変化した結果、以前のバージョンにみられた欠陥が無くなることもある。しかし、同時に新たな使いにくさが発生してしまうこともある。MS Officeが2003から2007になった時、そのような印象を持ったユーザも多かったのではないだろうか。これはMSに限ったことではない。サステイナビリティを実現するためには、製品は、そうした使いにくさの発生を極限まで抑え、これであと10年はやっていける、という水準のユーザビリティを実現してから市場に出すべきであり、出してみて苦情があるからまた変える、というサイクルを反復していたのではいつまでたっても収斂しない。それではサステイナブルにはなり得ない。

 しかし、我々は製品に対して感じる魅力を、新規性から耐久性に切り替えることが可能だろうか。もちろん耐久性は現在も製品の重要な品質特性のひとつではあるが、そこにこれまで以上のウェイトをかけ、新規性に対するウェイトを減じることが可能だろうか。製品の訴求ポイントをそうした形で切り替えることを、製造業の関係者が受容できるだろうか。それに対応したビジネスモデルを構築できるだろうか。ここに現在のブームがほんとうに定着できるかどうかの分岐点があるといえる。

 ユーザビリティ関係者にとってのサステイナビリティは、実は現在の消費サイクルを根底から変革することと密接に関係しているのだ。

後記

 たぶん、ほとんどの人々は分かっているだろう。完全なサステイナビリティなど実現できないということを。今より少しだけエネルギーの消費を減らすことはできても、また化石資源の消費を減らすことはできても、それを完全に閉じたサイクルにすることはできない。そう思っている筈だ。要するに人類の余命を少しでものばしていこう、ということだ。サステイナビリティという概念は現実的にはそのようなものでしかあり得ないだろう。私もそう思う。

 しかし、インタフェースの寿命を長くすること、これは頑張って実現すべき課題だろう。長期間使える製品を作ること。世代をまたいで利用できる情報通信機器を実現すること。そのために目新しさではなく、『頑強なユーザビリティ』を実現すること。これはサステイナビリティという言葉が我々ユーザビリティ関係者に与えてくれる重要な教訓だろう。

公開: 2009年8月24日
著者: 黒須教授