ATMのボタン

最近、金額や口座番号を入力するためのテンキー表示が、従来の配列ではなく、独特の配列になっていることがある。しかし、こうすることで、果たして、利便性と安全性のトレードオフにおいて、適切なデザインといえるだろうか疑問に思う。

  • 黒須教授
  • 2010年9月28日

ATMは多数ある機器のなかでも比較的ユーザビリティが考慮されている部類に入る。それは、一度設計してしまうと長期間使われるということ、公共機器であるために高齢者やハイテク弱者も利用するものであること、さらにセキュリティにも配慮する必要があること、などが理由になっていると思われる。

ところで最近、金額や口座番号を入力するためのテンキー表示が、従来の配列ではなく、独特の配列になっていることがある。写真はその典型である。こうすることで、隠し撮りをされたり、背後から盗み見をされたりした時に、手の動きから暗証番号などを推測しにくくしているのだろうとは思うのだが、果たして、利便性と安全性のトレードオフにおいて、適切なデザインといえるだろうか疑問に思う。そもそも、隠し撮りなどをされた時の指の動きとキー配列を後から重ねてみれば、暗証番号を後から推測してしまうことも可能だろう。

 

表示されるごとに数字配列が変化するテンキーの例。
表示されるごとに数字配列が変化するテンキーの例。

その点に「配慮」してか、表示されるごとに数字配列が変化するテンキーもある。そのアイデアは、それなりに安全性に関しては理解できなくもないのだが、ユーザビリティは当然低下すると考えるべきである。

こうしたテンキーが表示されると、まず最初の反応は「えっ、なにこれ?」であり、入れたい数字は「どこにあるの」となる。したがって入力速度は低下するし、エラーの発生頻度も増す。

もともとATMには電話式のテンキー配列とパソコン・電卓式のテンキー配列が混在してはいたが、電話もパソコンも普段から使っているから、その点ではまあまあ妥協できるものといえる。もちろんパソコンでテンキー入力をするユーザは少ないし、電卓もExcelの普及などの結果、あまり頻繁には使われなくなったので、電話式の方が慣れているためにユーザビリティが高いといえるだろうが、それでも電話式と電卓式はいちおう妥協範囲に入るといえるだろう。

しかし、この写真に見られるようなテンキーデザインで、セキュリティを重視した結果、ユーザビリティが損なわれてしまうことについて、開発企業のユーザビリティ担当者はどういう意見を持っているのだろう。

公共インタフェースに話を移すと、エスカレータの上り側と下り側が左右どちらに設置されているかについては、駅によって様々である。これは各駅の階段などとの関係で、動線を考慮した結果だろうとは思うが、ユーザビリティが高いものとは言い難い。そもそもの階段の上り下りの左右の区別についても、駅によって設定してあるやり方はまちまちである。こうした一貫性のないインタフェースが混在しているところに、さらに新しいインタフェースを導入することについては、よほど慎重でなければならないだろう。

エスカレータの右立ちと左立ちについては、全国でも大阪周辺だけが右立ちを採用しており、他の地域では基本的に左立ちとなっている。(面白いことに、東京方面から大阪駅に到着した人々の多くは左立ちをしているが、帰りになってホームに登るエスカレータでは右立ちになってしまっていることが多い)。これは機器の設置というよりは、社会的なルールのインタフェースの問題だが、東京に来た関西人、大阪に行った関東人が時折地域ルールに反して立っているために、その後ろに列ができていることがある。この例では利用環境、つまり地域によって適用される社会的インタフェースが異なるということで、それほど大きな問題は生んでいないとは思われる。

ひとつの社会のなかに単一のインタフェースしかなければ、いわゆる一貫性ルールに従っているわけで、ユーザは混乱を起こすことが少ない。現実には複数のルールが混在していることも多いが、電話と電卓、関東と関西というように、場の特性に規定された形で運用されていれば、さほど大きな混乱を引き起こすことはない。

しかし今回紹介したようなテンキーの新規な配列は、ユーザに混乱を引き起こす可能性が大きい。こうした点について、インタフェースデザイナは慎重になる必要があるだろう。