企業ユーザ向けのユーザビリティ
ユーザビリティは、画面に対峙する個人ユーザのレベルでは終わらない。システムを使う企業全体にとって使いやすいものになっているか、厄介で使えないものになってはいないかなどが問われる。
以下の3つのレベルでユーザリティを考えることができる。
- 個人ユーザ。このレベルでは、ユーザが、ユーザインターフェイスを扱おうとするときにどんなことが起こるのかを見る。欲しい情報を探すなどやりたいことを実現するのが容易か否か。我々は、このレベルに焦点をあてがちである。というのは、このレベルが画面デザインにもっとも直接的に影響を及ぼすからだ。また、ウェブサイトやソフトウェア、消費財など多くの製品が、個人ユーザを想定してデザインされている。最終的には、このレベルが非常に重要となるのだ。個々人が使い方を理解できなければ、さらに上位のレベルで受け入れられるはずがないのだから。
- グループユーザ。ユーザ間の橋渡しをしようとする製品もたくさんある。そのユーザビリティは、個々のユーザがボタンをクリックできるかどうかという話では済まなくなる。このレベルでは、ユーザインターフェイスがグループの取り組みを支援するか、あるいは逆に邪魔してしまってはいないかが問題になる。例を挙げるならば、チャットシステムやwikiから、企業内人事など複数のユーザが関与するワークフローを支援するアプリケーションまで多岐に渡る。
- 企業。このレベルになると、システムが、企業全体に対して、長期的にどれほどの影響を及ぼすことになるかが焦点となる。システム管理はもちろん、導入やメンテナンスなどに関わる問題も含まれてくる。総所有コスト(TCO)は、企業レベルでユーザビリティを考えるときの重要な指標の一つとなることが多い。
ユーザビリティの課題: 企業レベルの例
企業レベルを相手にしたときのユーザビリティ上の課題は、大企業では共通して問題視されている。しかし、中小企業にとっても同様に悩みの種である。私が経営する小さな会社でも、最近ちょっとした課題に直面した。ユーザリサーチの結果を分析するときには、適当なソフトウェアの力を借りる。あるアプリケーションのファイル形式でデータを保存したDVDを、調査を進めてきた同僚から受け取った。調査を直接見ることができなかったので、生データを徹底的にチェックして、実験室でどんなことが起こったのかを知ろうと思ったのだ。
ファイルを開こうとすると、“ファイルが見つかりません”というエラーメッセージが出た。 同僚がファイルをDVDに焼き忘れてしまったか、DVDが壊れてしまったかのどちらかだろうとまず私は考えた。しかし、そのどちらでもなかったのだ。後で分かったことだが、同僚の使っているソフトウェアは、私が使っているものよりもヴァージョンの新しいものだったのだ。
この例では、2つのレベルのそれぞれでユーザビリティ上の課題があることがわかる。
- 個人ユーザのレベルでは、エラーメッセージが誤解を招いた。ソフトウェアのバージョン違いによる問題なのであって、ファイルが見つからないという話ではないことをはっきりと伝えるメッセージが表示されるべきである。エラーメッセージに関するユーザビリティのガイドラインに反しているのだ。
- 企業レベルで考えると、事態はより深刻である。同じソフトウェアでも、違うバージョンで作られたファイルは読むことができないというのだ。ソフトウェアのアップグレードを社内で一斉にしなければならないとか、全員が常に同じバージョンを使うようにしなければならないのは、組織には大きな負担となる。大企業なら、システム管理者の仕事を増やすことになるし、うちのような小さな企業では、バージョンの同期化など見落とされてしまうかもしれない。
複雑なルールは、ユーザビリティ上の問題に繋がりやすい。複雑な運賃体系で悪名高い航空会社が好例だ。そのおかげで、旅行関連のウェブサイトは個人ユーザにとって使いにくいものとなり、航空会社自身にとっても企業規模で問題を抱えることになってしまっている。複雑な運賃体系がその他の業務をも複雑なものにしてしまっているのだ。顧客からの問い合わせに対応するスタッフが大勢必要になるだけでなく、顧客満足の低迷にも頭を抱えることになる。
政府の規制は、中でも最悪の事態を引き起こしていると言って良いだろう。毎年、連邦規制に従おうと合衆国内の中小企業は従業員一人につき$7,647、大企業は$5,282を費やしている(政府の発表による)。この1.1兆ドルにおよぶ支出は簡単に半減させられる。政府が企業に強いている事務手続きが果たして容易なものか、あるいは厄介なものかを議員や関係省庁が改めて見直してくれさえすれば。簡略化が実現されれば、専任スタッフを持たず、ユーザビリティの問題を抱えた分かりにくいフォームやルールに悩まされている中小企業にとっては特に大きな恩恵となるだろう。
交渉余地のない取引は、企業レベルのユーザビリティを考慮した稀有な例である。検索エンジンに広告を載せたいと思ったら、そのサイトへ行き、広告と入札価格を入力するだけで良い。検索エンジンの中には、ワンクリックでネットワークに広告を配信できるようにしているものもある。取引にあたって、それ以上の交渉は不要なのだ。弁護士が関わると、遅延と軋轢は避けられず、結果としてビジネスチャンスを失うことになる。セルフサービスの取引は、企業レベルのユーザビリティを高めるものに他ならない。個々の決定権者を動かし、適当と思うところで予算を使えるようにしてくれるのだ。
目的に応じてユーザビリティの手法を使い分けろ
目的が異なれば、デザインを改善しようというときに求められるユーザビリティの手法も、3つのレベルにあわせて変わることになる。
ユーザテストは、ユーザインターフェイスの即効性、つまりユーザがクリックするとどうなるのかを検証する手法である。個人レベルでのユーザビリティを評価するのにこれ以上の手法はない。同時に複数のユーザを使ってテストすれば、グループレベルまで拡大することも可能だ。たとえば、2つの実験室をネットワークで結び、各実験室に一人ずつユーザを配置する。評価対象の共同作業用アプリケーションを使って、2人がどうやって問題を解いていくかを観察するのだ。長期的なプロセスのワークフローを支援できているかどうかを評価するには少し工夫が必要になるかもしれない。プロセスに関与する全ユーザを同時にテストすることはできないからだ。しかし、プロセスを細分化して段階毎にテストしていけば、不可能ではない。
フィールドスタディは、どのレベルの場合でも、顕在化していないユーザニーズを掘り起こすのに良い手法である。また、より広い視点でユーザビリティを考えようとするときには特に重要となる。企業レベルになると特に、デザインが組織のニーズに適応するかどうかを見るには、コンテキストの中に入り込んでユーザの行動を観察しなければならない。
デザインスタンダードは、ユーザインターフェイスの一貫性を強化し、個人ユーザを支援する。また、横断的に一貫したエレメントを使用することでグループレベルのユーザビリティを高め、コラボレーションを促進する。企業レベルでは、ヘルプデスクへのコール数を減らし、未回答の質問に対する答えをエージェントが既に分かっているという状態を作り出すことで、結果的に生産性の向上を実現する。
座談会は、あまり使われないが、企業レベルのユーザビリティを考えるには特に良い手法である。個人レベルでは、我々が調査したいのは ユーザ であって、顧客 ではない。言い換えると、マウスを動かす人を観察したいのであって、書類にサインをするマネージャや経営陣を見たいわけではない。ユーザビリティ手法とマーケティング手法の主な相違点の一つである。しかし、企業レベルのユーザビリティを考えるときは、組織を動かし、もっと大きな枠組みで痛みを知っている人々を調査する必要が生じる。座談会は、フィールドスタディではカバーできない部分を補ってくれる。システム管理責任者やマネージャを集めて、製品を使用していて感じられる問題点を大所高所から論じてもらうのだ。
個人レベルのユーザビリティは、かなり解決されてきた。手法もある程度まとめられてきたし、たとえそれらを知らなくても、重要な部分は数日で誰でも学べるようになっている。個人ユーザにとってのユーザビリティを一層強化するためのガイドラインも多数まとめられてきた。
グループレベルや企業レベルのユーザビリティは、まだあまり明確になっていない。十分に研究されていないし、とても多様である。これらのレベルではユーザビリティを無視すべきだと言っているわけではない。逆に、皆さんがそれぞれに研究を重ねていくべきと考えられるのである。
2005 年 11 月 7 日