成熟度と進歩主義

  • 黒須教授
  • 2008年2月25日

ユーザビリティの成熟度については幾つかのモデルが提起されているが、元をたどればソフトウェアやシステムの開発、プロジェクト管理などを対象としてCMU(Carnegie Melon University)のSEI(Software Engineering Institute)で策定されたCMM(Capability Maturity Model)の5段階のプロセス成熟度モデルに行き着く。CMMの最初のバージョンは1990年に公開され、ISO12207となった。なお、2000年からは、CMMはCMMI(Capability Maturity Model Integration)となって、さらに体系化が進められている。

CMMの当初の目的は、ソフトウェア開発業者の水準を評価し、外部委託を行う際の参考にすることだった。成熟度の高い業者であれば安心して委託できるから、ということである。そこでは、ソフトウェア開発の水準が、初期状態(混沌として場当たり的な状態)、管理された状態(ある程度のプロジェクト管理がなされている状態)、定義された状態(その組織における標準化されたプロセスが定義されている状態)、定量的に管理された状態(プロセス管理が定量的になされている状態)、最適化された状態(自らのプロセスの最適化とプロセス改善が継続的に行われている状態)の5つの成熟度段階に区別されている。

ユーザビリティの分野では、このCMM(ISO12207)と、そこから派生したプロセス評価に関するISO15504を参考としながら、イギリスのINUSE(Information Engineering Usability Support Centres)プロジェクトで1998年にUMM(Usability Maturity Model)が提唱された。

UMMでは、人間中心設計プロセスを推進するために、(1)システム戦略においてHCDの内容を確認する、(2)HCDの手続きを計画する、(3)ユーザと組織の要求を特定する、(4)利用状況を理解し、特定する、(5)デザイン解決案を作成する、(6)要求に対してデザインを評価する、(7)人間中心システムを設置して稼働させる、といった7つのプロセスの各々について基本活動を定義しており、それによって成熟度の評価を行う。

ドイツのDATech(元Dekitz)では、ステージモデルの考え方にのっとり、レベル0(開始段階)、レベル1(導入段階-自己評価を行う)、レベル2(反復可能な結果を伴う-ISO13407に合致する)、レベル3(HCDに関して継続的改善を行う)という3段階の成熟度モデルを考えている。

これらを参考として2000年に日本でまとめられたCOEDA(Collaborative Externalization of Design Activity for HCD)では、その分析結果の判別に、レベル0(HCDが意識されていない適用前の段階)、レベル1(特定の製品に対してHCDが形式的に適用されている名目的適用の段階)、レベル2(HCDの形式的な適用を踏まえた実践的な活用がなされている実践的適用の段階)、レベル3(HCDが組織に定着し、全てのプロジェクトにおいて実践的に適用されている組織的適用の段階)、レベル4(HCDが組織文化として醸成されており、プロセス変革も含めて柔軟に適用されている自己組織化の段階)の5水準を区別している。この考え方は、組織におけるHCDのあり方を文化的風土の醸成として捉えている。

その他、たとえば樽本は、原始期(デザイナやエンジニアに任せてしまう)、黎明期(最終評価としてユーザビリティテストを実施している)、揺籃期(プロトタイプとユーザビリティテストの反復デザインを行う)、躍動期(ユーザリサーチを行い、シナリオやペルソナを作成する)、拡充期(リリース後の追跡調査を行う)、完熟期(ユーザビリティ知識管理データベースを構築する)に分けている。この考え方は、活動内容によって、評価活動から上流にさかのぼり、さらに長期的視点を導入するといった形で成熟度水準を区別したものである。

また黒須も、無知段階(HCDを知らない)、批判段階(HCDに対して批判的である)、評価段階(まずユーザビリティ評価をやってみる)、水平展開段階(社内説得のために成功事例を積み重ね水平展開を図る)、上流段階(ユーザリサーチを行い、ユーザ特性や利用状況に関する理解を重視する)、一貫段階(HCDのプロセス指向の考え方が少なくとも概念的に理解される)、トップダウン段階(組織のトップがHCDを理解し、トップダウンに組織文化の改変を行う)、組織文化段階(HCDを実践するための組織文化が自律的に継承され発展する)という8水準の区別を行っている。この考え方には、COEDAの文化風土を重視した考え方と、樽本のアプローチを重視した考え方の両方が含まれている。

これらの成熟度の区別はそれなりに意味のあるものではあるが、この中には進歩主義的な発想が含まれているように見える点、注意する必要があるだろう。進歩主義の典型はマルクス主義だが、そこでは原始共産制から奴隷制、封建制、資本主義、社会主義、そして理想段階としての共産主義が位置づけられ、順次発展してゆくものとしてプロレタリア独裁の正当化が行われた。しかし、素朴な進歩主義が破綻することは、社会主義が資本主義に「後戻り」してしまったことからも容易に理解できるだろう。HCDに関する組織文化を醸成していくにしても、アプローチを順次拡大していくにしても、それは常に階段を上るような動きではない。ともすれば後戻りをし、低次の段階に戻ってしまう危険性を孕んでいる。

その意味で、管理者や設計担当者、いや、もっと重要なのはトップマネージメントが、HCDの重要性を絶えず確認し、自社におけるプロセス管理をチェックし続けることが必要といえる。安心は慢心につながるのである。