メタバース、特にVRの将来を考える

高画質で視野角の広いHMDが開発され、メタバースが話題になっている。現在考えられているHMDの応用の実現や定着の可能性はどのようなものだろう。ここでは、心理学の奥行き知覚との関係を考えてみたい。

  • 黒須教授
  • 2022年10月11日

メタバース

メタバース(metaverse)が話題になっている。これはVRやARやMRの延長線上にある技術で、クロスリアリティ(XR: cross reality)と総称されることもある。近年は、高画質で視野角の広いHMD (たとえばMeta Quest 2)が開発され、通信環境が進化し、CGの品質も向上したことから、改めて話題になっている。仮想的な世界が現実世界と融合し、それを超え、新たな世界を作ると喧伝されているからだ。

可能性としての応用範囲

ただし、メタバースは今のところ試行錯誤段階にあるといえるだろう。いろいろな場面に適用し、その可能性を検証する、といった段階といえる。ただ、筆者はまだMeta Quest 2を購入してはいない。128GBモデルで59,400円、256GBモデルで74,400円という価格(編注:2022年10月11日現在)は、年金生活者にとっては試しに買って使ってみよう、という価格帯ではないからだ。その点はご了解いただきたい。あくまでも実使用感にもとづくレビューではなく、心理学にもとづいた理論的レビューである。

いろいろな適用場面のなかで最有力と考えられるのはゲームや動画鑑賞などのエンターテイメントだろう。パソコンに接続したりスマホを差し込んだりする必要がなく、ヘッドセット単体で動作するという軽快さや、それによる強い没入感は、エンターテイメントには最適なものといえるだろう。

また、自分のアバターが参加するアバター達のミーティングといった応用場面も提案されているし、アバターが街の中を散策するようなアプリも登場している。ちなみに、前者ではミーティング参加者全員がMeta Quest 2を装着しており、それぞれのアバターが集まる会議という状況設定である。

さて、このように(編注:Meta Quest 2のようなHMDの)応用範囲は無数(?)に考えられるが、果たしてその実現可能性、そして定着可能性はどのようなものだろう。ここでは、心理学の奥行き知覚(depth perception)との関係を考えてみたい。

三次元空間を知覚するための手がかり

人間が三次元空間を知覚するためには幾つもの手がかりが利用されている。そこには心理的手がかりと生理的手がかりとがある。心理学的手がかりとしては、たとえば、カスミがかかっている山々は遠くみえる(霞遠近法)し、重なっている2つの図形では欠けのない完全な形をしている図形が近くみえる(重なりの手がかり)。

これらは片目だけでも成立する心理的な奥行きの手がかりであるが、両目を使った手がかりというのもある。

両眼視差という手がかりは、右目と左目に映る景色が、遠いときにはほとんど差を感じさせないのに対し、近いときには異なってくるというものであり、それを逆用すれば人工的に遠近感を作り出すことができる。つまり、右目と左目に映る景色をそれぞれ作成するときに、近くにあるものは右目と左目でのズレを大きくし、遠くにあるものはズレを小さくしておけば、Meta Quest 2のようなメガネをかけて、右目には右目用の景色、左目には左目用の景色が映るようにしておくと、そこに奥行きのある世界が現出する、というわけである。

立体映画でも同じ原理が使われているが、Meta Quest 2のような装置ではなく、観客は、偏光板の入ったメガネを装着してスクリーンを見る。偏光板は90度回転した方向にセットされており、スクリーンには右目用の映像と左目用の映像が、それぞれ90度回転した形で投影される。だからメガネをかけずに画面を見ると二重の映像が見えてしまうが、メガネをかければ右目には右目用の、左目には左目用の映像だけが見え、それらを脳が統合することによって立体映像が感じられるというものである。おなじような仕組みは、筆者の子供時代にも、赤セロファンと青セロファンの入ったメガネが付録についている立体写真が雑誌の付録に入っていたりした。

しかし、この両眼視差を使った立体視装置には大きな欠陥がある。まず、メガネをかけなければならないということ。偏光フィルターの入った黒いメガネを観客全員がつけている光景は外目にも異様なものだが、とにかくメガネをつけないことには始まらない。立体映画や三次元テレビの場合には、さらに問題がある。スクリーン上の視差は左右方向にしか埋め込まれていないため、首を傾けたり寝そべった姿勢で鑑賞しようとすると立体効果が消えてしまうのである。ただMeta Quest 2のように身体密着型の表示装置の場合にはその問題は発生しない。

VAC: Vergence-Accommodation Conflictの問題

さらに問題なのは画面酔いである。短時間の鑑賞なら問題はないが、人によっては一時間から二時間の鑑賞で頭痛がしたり、ひどい場合には吐き気がしてきたりするのだ。この問題は、VAC: Vergence-Accommodation ConflictあるいはACM: Accommodation-Convergence Mismatchと呼ばれている。

それを説明するためには、奥行き知覚における生理的手がかりについての理解が必要である。生理的手がかりには、輻輳((Con)vergence)と調節(Accommodation)というものがある。

前者は、近くのものを見ようとすると寄り目になることで、寄り目にするために筋肉が緊張する度合いを脳が感じて、それが遠近感の手がかりとなるものである。また、後者は、近くのものを見ようとするときには水晶体(レンズ)を膨らませ、遠くのものを見ようとするときには薄くするために、やはり水晶体についている筋肉が緊張したり弛緩したりする、その度合いを脳が感じることで遠近感の手がかりとするものである。

前者は両目によるもの、後者は単眼でも効くものであるが、いずれにしても物理的な対象の距離に応じて生理的な変化が生じ、それを感知することで遠近感が生じている。

さて、Meta Quest 2や立体映画、三次元テレビの場合、そこに両眼視差により奥行きが感じられたとしても、物理的な画面は常に目から一定の距離にある。つまり、輻輳や調節の手がかりからは一定の距離にあるとしか見えない対象のなかに、心理的な手がかりである両眼視差からは奥行きの違いがあるという情報が入ってくるわけで、脳は混乱をきたす。これがVACといわれる一種の葛藤状態(conflict)なわけである。そのため、脳は無理をして奥行きを感じ取ろうとするが、そこには無理があるために船酔いや頭痛、吐き気などの症状が起きてしまうわけである。

参考 Kramida, G. (2015) “Resolving the Vergence-Accommodation Conflict in Head-Mounted Displays”, IEEE Trans. On Visualization and Computer Graphics

メタバースの将来

メタバースがこうしたディスプレイを利用している以上、画面酔いの問題は避けてとおれず、通常1-2時間の利用に制限されてしまうだろう。これは三次元テレビでも発生したことである。そのために三次元テレビは華やかな登場とは裏腹に急速に市場から姿を消してしまうことになった。テレビの場合には、長時間視聴が多いから特にこの点が問題になったのだが、メタバースでも長時間利用は困難といえるだろう。

合わせてゴーグルやメガネを装着しつづけなければならないという不自然さがあり、アバターを使うにしても不自然な人工的環境であることには変わりはない。ゲームなどのエンターテイメントならまだしも、会議などに使う利用法が普及するとは思えない。したがって、登場してきたときの謳い文句とは異なり、早晩、特定の利用法に限定されるだろうと予想している。