ユーザ支援と娯楽要素

ユーザを引き込んで支援するようなデザインなら、楽しみも増え、ウェブサイトをさらに奥深く探索してみようという気になる。使いやすさが達成できたあかつきには、使うことをさらに楽しくするようなユーザビリティ手法も必要になるだろう。

時として、ユーザビリティ運動は退屈で、ウンザリするような型にはまったデザインを推進していると批判されることがある。これは主に、デザイン上の慣習を、創造力への足かせと等式化している人がいるせいだ。だが、この考え方は納得できない。理由は2つある。

標準 vs. デザイン の教訓

第一に、一貫性とデザインガイドラインへの準拠によって、ユーザビリティが強化されるのが普通だが、だからといって、まったく同じデザインにする必要はない。むしろ、このような慣習が目指しているのは、構成部品のボキャブラリを創ることであり、これらの組み合わせ方は数多く、非常に多様で、そして時には楽しいものでありうる。

自然言語のことを考えてみよう。各単語には確立した意味があり、その組み合わせ方も、普通、決められた文法通りになることが多い。これらの文法に則した文学は読みやすく、前衛的な実験文学に比べれば、読者数もずっと多い。だが、このような「慣習的な」小説が皆同じかというと、そんなことはない。完全に標準的な言語を用いながらも、感情的尺度の多様性においては、どんな方向へでも思いのままに赴くことができる。

ユーザビリティ=引き込み

ユーザビリティと楽しみが相反するものではないという2つ目の理由。それはコンピュータを使っていてもっとも楽しいのは、ユーザが力づけられ、引き込まれた時だからである。役に立つウェブサイトはとても楽しい。あらゆることがピタっとくる。反対に、自分の思ったとおりにできないユーザインターフェイスは、遅くて、不愉快で、時には敵意をすら感じるかもしれない。デザイナーとしては、ポジティブな感情を引き起こそうと真摯に努力した結果であってもそうなるのである。デザイナーが伝えたかったことがなんであれ、ユーザの個人的な体験の前ではすべて吹き飛んでしまう。デザインの「ルック&フィール」を語る時、常に勝利を収めるのはフィール(感情)なのである。

例を挙げよう。Amazon.comでは、楽しみと見返りを与えるために関連リンクを利用している。各書籍ページには関連リンクがあって、あなたが関心を寄せている書籍を買った人がよく購入している書籍が5冊提示されるようになっている。これらのリンクをたどることで、大いなる発見の感情が満たされるかもしれない。結果として、Amazonでより長時間ショッピングを続ける公算が高くなる。これは、目的の書籍をいかにすばやく入手できたかという単純な効率性では計れない時間だ。

このような積極性を引き出すにはユーザビリティが欠かせない。インターフェイスがマスターできなければ、力づけられるどころか、抑圧感を感じるだけだ。こうなると、さらに探索してみようという気持ちもなくなり、絶対最小限以上のことは何も利用しようとは思わないだろう。ウェブでは、この「最小限」が、1ページか2ページの閲覧を意味していることが多く、その後、ユーザは立ち去っていく — そして、二度と戻っては来ないのだ。

楽しい活動というものには、単に何かができるという以上の何かがあるはずだ。同時に、現状のコンピュータは使いにくいし、ウェブはまるで広大な荒地のようだ。それでもなお、ユーザを力づけ、夢中にさせるようなよくできたユーザ体験を楽しむことは可能だ。

満足度評価の手法

伝統的なユーザテストは、ユーザインターフェイスデザインをデバッグして、システムを使いにくくしている要素を見つけるにはすばらしい方法だ。だが、デザインの楽しさを評価するという点では、テスト手法はそれほど進化していない。過去には、これはそれほど問題にならなかった。ユーザインターフェイスがあまりにも使いにくかったので、せめて積極的な不快感をなくするだけでも精一杯だったからだ。特にウェブサイトのデザインは、ユーザのニーズとはあまりにも対照的なものだった。単に肥大した無益なデザインをやめさせただけでも、過去10年にユーザビリティ運動がなしとげた大きな成果と言えるだろう。

悪いデザインの除去という消極的な努力から、よりよいデザインの積極的な追求へと方向転換するにあたって、私たちは、満足度を高め、積極性を引き出し、より楽しくするデザイン要素を指向するべく方法論に手を加えなくてはならない。

ほとんどの調査は古典的な、しかし完全には満足できない手法によって、ユーザの楽しさを査定している。

  1. 主観的満足度質問紙法によって、調査の最後に、簡単に全般的なシステムの評価をしてもらう。
  2. ユーザのボディランゲージ観察によって、満足や不満(笑顔やしかめっ面)の兆候を読み取る。笑いや不平、あるいははっきりと「かっこいい」とか「退屈」といった言葉になることもある。

熟練した観察者なら、ふたつめのアプローチによってかなりの洞察を得ることができる。だが、あまり経験のないユーザビリティ専門家にとっては、データ源としては貧弱であるか、時には間違ったものとなる可能性もある。テスト進行役を努める世界の専門家の大半は、このレベルである。

最初のアプローチについていうと、主観的満足度質問紙法では、文脈からの逸脱という標準的な問題がつきまとう。実際の利用体験の最中に聞くのではなく、楽しかったかどうかを後でユーザに想起してもらうのが一般的なのだ。これを回避する(完全とはいかないが)には、全部の設問を貯めこんでおいて最後に大部の質問紙法を一度だけ行うのではなく、テストセッション中に小さな質問をいくつか行うことだ。

使いやすさを超えて

毎度のことだが、単純に文字通りユーザの発言を真に受けるわけにはいかない。例えば、企業ウェブサイトをテストする場合、ユーザは、まず間違いなく楽しみやエンタテイメントは必要ないという。できるだけ単刀直入に、しかもすばやく回答が得られればそれで充分、というわけだ。しかも、実際のユーザ行動を観察すると、うわついたコンテンツに対しては、間違いなくネガティブな反応が見られる。グラマーなモデルのどでかい写真とか、画面を跳ね回る意味のないアニメーションといったものがこれにあたる。だが、同時に、気の利いた書き方のコンテンツとか、適度にユーモラスな説明といったものに対しては、ユーザが微笑んだり、その他のポジティブなボディランゲージが観察できる — 当該ウェブサイトのジャンルに期待されるプロの文章作法の範囲内にあることが条件だ。このように、ユーザは、自分が好みだといっているものよりも、いくぶんかハイレベルのコンテンツを歓迎し、楽しんでくれるようだ。

ユーザインターフェイスの諸側面のうち、楽しさをテストするにはもっと優れた手法が必要である。そういった手法は、しっかりとして、応用しやすいものであるべきだ。世界的に見ると、ユーザテストを行う者の大半は、比較的熟練度の低い人が多いからだ。

とは言うものの、あいかわらず使いやすさが第一の優先項目でなくてはならない。この目的を捨て去るには、テクノロジーはまだまだ難しすぎる。だが、希望的にいえば、使用時の楽しさが同じくらい重視される日も近いだろう。

2002年7月7日

公開: 2002年7月7日 (原文:2002年7月7日)
著者: Jakob Nielsen
原文:User Empowerment and the Fun Factor

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