従業員名簿検索:
矛盾するユーザビリティガイドラインの解決

イントラネットの検索は、単一の検索窓にとどめておくべきか。それとも従業員名簿検索用に窓を追加すべきか。これに関するガイドラインは、矛盾したものだ。ふたつのガイドラインを両立させる理論がある。いったいどんなものだろうか?

最近の調査で、幅広い企業の従業員がイントラネットをどう利用しているかを調べたところ、重要なガイドラインが浮かび上がってきた。イントラネットには、電話番号やその他の従業員の名簿情報を検索するための専用の検索窓が必要らしいのだ。できれば、この従業員名簿検索窓は、イントラネットの全ページに配置した方がいい。企業ポータルのトップレベルと、メインのイントラネットホームページには、絶対に入れておくべきだ。

これが、ひとつのユーザビリティガイドラインである。

だが一方で、定評ある検索ユーザビリティガイドラインの中には、ホームページ上の検索窓はひとつにしておこう、という項目がある。ホームページ上で検索窓が競合していると、混乱の元だ。高度な検索はサイト内の二次的なポジションに追い込み、単純な検索がやりやすいようにしておく。これなら、ユーザも使いこなせるはずだ。

これは、先ほどのものとは矛盾するユーザビリティガイドラインだ。

まさに矛盾である。例えば、複数のイントラネットを私たち自身でテストした結果、イントラネットに検索機能が複数あると、深刻な問題になることがわかった。ユーザは、知らないで間違った検索を使うことが多いのだ。ユーザにしてみれば、検索は検索であって、問合せ窓に何か入力してリターンを押せば、探しているものが出てくるのが当然と思っている。検索の仕組みなどの微妙な違いひとつで、同じ行動がまったく異なった結果を招くことは理解していないことが多い。そこでふたつのガイドラインが出てくる。

  • 検索窓はふたつ。ひとつは全文検索用、もうひとつは従業員名簿検索用。
  • 検索窓はひとつ。まさに、ひとつ。「ひとつ」のどこか、わからないところがあるだろうか?

基本的HCI原則を考える

問題が起こったら、より権威のある場所で解決するべきだ。ユーザビリティにおいては、ヒューマン-コンピュータインタラクションの基本原則がこの権威を与えてくれる。20 年以上の研究調査の中で、変わらない価値を保ってきた基本的洞察である。

困ったことに、このふたつの検索窓ガイドラインは、いずれも基本原則に合致しているのである。

検索窓をふたつ、というガイドラインは、頻度の高い行動を促進するという原則に合致している。調査からわかったことだが、従業員名簿で同僚を検索する機能は、多くの企業のイントラネットでキラーアプリとなっていた。この行動は頻度が非常に高いので、近道を用意しておくことは理にかなっている。

検索窓はひとつ、というガイドラインを裏付ける強力な原則がふたつある。単純性と一貫性である。単純性の原則によれば、コマンドの数が少なければ、それだけユーザが混乱して、間違ったものを選択する恐れは少なくなる。Macintosh のマウスにボタンがひとつしかないのは、これが理由だ。一貫性の原則によれば、同じ行動は同じ結果に結びつかなくてはならない。検索窓をふたつ、というガイドラインにもとづけば、どちらの検索窓を使うかによって、テキストを入力してリターンを押した時の結果が異なってしまう。

解決策: ユーザ体験の調査

複数のユーザビリティガイドライン間で矛盾が生じるのは、日常茶飯事である。「仕様」ではなく「ガイドライン」と呼ばれるのも、わけあってのことだ。人間行動に関係したことだけに、曖昧な部分を残しておく必要があるのだ。

インターフェイスデザインにはトレードオフがつきものだ。矛盾するガイドラインのバランスを取り、与えられた状況の中で重要なものは何かを理解することが課題となる。

従業員名簿検索においては、検索窓をふたつ、という新しいガイドラインが正しい。その理由はふたつある。経験的な証拠と、理論的な判断だ。

疑問が起こったら、いつでもユーザテストを実施すればいい。従業員名簿検索を別に設けたイントラネットを、私たちは数多くテストしてきた。その結果、例外なく、このデザインがうまく機能しているのを見てきたのである。

ユーザインターフェイスを経験的に検証するのはよいことだ。だが、最終的に、なぜうまくいくのかを説明できなければ、さほど満足はできない。確かに当面の問題は解決できるかもしれない。だが、今後遭遇するデザイン上のジレンマを分析するスキルは、何も進歩しないのだ。

では、従業員名簿検索がうまくいく背景には、どういう理論があるのだろう?

一貫性の立場からの反論は、根拠のないものだ。従業員名簿の検索は、常識的な考え方からいって、ほんとうの「検索」ではない。ユーザーの目からみると、検索とは単語を入力して文書を探すことである。従業員名簿窓を利用する際に入力するのは人名であって、単語ではない。探しているのは人間であって、文書ではない。この行動には大きな違いがあるので、ふたつの窓が同じ動作をすることは、まったく期待されていない。

これを読んだプログラマは、当然こう反論するだろう。「でも、名前だって単語じゃないか」、あるいは「データベース内の人物レコードを探すことは、すなわち一組のオブジェクトにクエリーをかけることであって、文書検索と何の違いもない」と。どちらも正しい。マシンの内部奥深くでは、従業員名簿の検索も、文書保管庫の検索も、データベースの実装は違ってくるだろうけれど、まったく同じことだ。だが、重要なのは実装ではなくて、ユーザ体験なのだ。ユーザにとって、人間と文書には大きな違いがある。このふたつは、同じ一連の「オブジェクト」なんかではない。人は同僚である。命ある人間なのだ。経理のジョーと経理伝票の違いは、誰にだってわかる。

単純性からの批判にはいくらか考慮すべき点がある。窓が増えれば、ホームページ上の貴重なピクセルがそちらに取られてしまう。だが、単純性でいちばん重要な側面は、従業員検索と相容れないものではない。検索の使いわけで頭を悩ませて、時間を無駄にする必要はない。理由は簡単。従業員検索を検索と思う人はいないからだ。(同じ理由から、この機能には「検索」以外の、例えば「従業員検索」といったラベルをつけておくべきだ)。

明快さがキー

イントラネットのテストで見てきたことだが、一方の検索を文書保存庫の検索に、他方をナレッジベースの検索にという使い方をすると、ユーザにとって大きな問題になる。両者の違いを知っている人はほとんどいない。どこが違うのかがわかるまでに、彼らは膨大な時間を無駄にしてしまうだろう。メアリの電話番号が知りたい時に、文書検索をしようとは思わない。従業員リストでメアリを探そうと考えるのだ。ニーズがどちらであっても、取るべき行動は明らかだ。このため、いずれのケースでもユーザの手にするコマンドはひとつにしぼられる。単純性原則に求められるような結果が、まさに得られるのだ。

ヒューマン-コンピュータインタラクションの基本原則は、明白かつ納得いくものだ。だが、この例でもわかるとおり、その解釈には微妙なものが求められる。ユーザビリティという分野は、経験的観察と理論的分析がお互いに補強しあってできている。理論面が非常に弱いので、経験で理論を補うことでよりよい分析ができる。一方、原則とガイドラインを知っていれば、目の付け所がわかるので、経験的観察が豊かになる。

くわしくは

幅広いイントラネットのユーザビリティテストにもとづいた 111 のイントラネットデザインガイドラインを含むレポート(従業員名簿についてのガイドライン 7 件、イントラネット検索のガイドライン 8 件を含む)。

2003年2月24日