ユーザビリティ予算獲得のための説得
プロフェッショナルなデザイン業者は、自社のデザインをユーザテストにかけて、クライアントに提供する価値の増大に努めている。難しいのは、堅実な開発手法のメリットをクライアントに納得させることだ。
New York と London で開催した一連のユーザビリティ・カンファレンスでは、2 件の同じ質問が寄せられた。
- デザイン業者が、クライアントにユーザビリティ・テストの費用を出させるよう説得するには、どうすればいいのか?
- そもそも、君たちを雇ったのは、優れたウェブサイトの構築方法を知っていると思ったから依頼したのであって、だから、テストなんかする必要はない、とクライアントから文句を言われたら、どう答えればいいか?
同じ質問が何度も出てくる場合、他のおおぜいの人たちも、その答に興味を持つだろうと考えるのが普通だ。よって、ここでそれを披露することにする。
まず最初に、デザインをユーザテストにかけることで、デザイン会社のプロフェッショナリズムが疑問視されかねない面がある。デザイナーが自分の仕事に自信がないから、テストが必要なんじゃないか?初めからちゃんと機能するものを作れるのが当然じゃないのか?現実には、しっかりした開発手法を用いることが、本当の意味でのプロフェッショナリズムの証しなのである。同様に、前もって必要なステップを計画するプロジェクト管理方法を知っていることも大切だ。
類推: ソフトウェア開発
ソフトウェアのプログラムから類推してみよう。カスタム・ソフトウェアを作成するために雇った開発者が「コードをデバッグする必要なんかない」と言いだしたら、どうかしていると思うはずだ。ソフトウェア開発では、50 年の経験から、あらゆるコードにはバグがつきものであることがわかっている。一度で完璧なソフトウェアを書くことは不可能だ。高品質なプログラムを仕上げる唯一の方法、それは、しっかりした開発プロセスを用いることである。何種類かのテストを明示的に取り入れるのである。
組み合わせ可能な変種の数からいえば、現代のユーザ・インターフェイスは、ソフトウェアと同じくらい複雑だ。さらに重要なこととして、20 年にわたるユーザビリティ工学の経験から、一度で完璧なユーザ・インターフェイスをデザインするのは不可能ということがわかっている。たとえ世界最高のデザイナーであっても、完全にシンプルで、あらゆるユーザのニーズに応え、しかも決してユーザのエラーを生まないインターフェイスを即座に作ることなど、できはしない。そんなことは不可能だ。自分のプロジェクトが、反復抜きで完成へ到達する世界史上初のプロジェクトになると考えるなんて、無謀もいいところだ。
他にも類推できるものはたくさんある:
- 最高の建築家ですら、最初に思い描いた建築が、そのままの形で建つことはない。提案した構造が建築規制に合致しているか確認し、さらに、建設開始前にいくどもテストを重ねて、その強度と完成度を確かめている。いくらスケッチがすばらしくても、こうしたステップに無頓着な建築家を雇うだろうか?自分のビルディングが、初めて迎える嵐の日に倒壊しても構わないというのなら話は別だが。
- 最高の文筆家ですら、出版前に編集者に依頼して、原稿の正確さと読みやすさを向上させようと考える。編集者を利用することは、執筆者としての未熟さの証しではない。それは、よりよい原稿を書くために何が必要かを知る者の証しなのだ。
デザインにおいて、ユーザビリティは、デバッグや建築規制や編集がそれぞれの分野で果たしているのと同じ役割を担っている。デザインには何かしら弱点があるはずだということを、私たちは知っている。ユーザビリティは、いくつかの原則とテストの手法を提供して、こうした弱点を見つけ、ユーザ・インターフェイスを改善してくれるのである。
クライアントへのアドバイス: 堅実な開発手法をもつ業者を選べ
クライアントには、こんなアドバイスをしている。プロジェクト計画にユーザ・テストを含めないような傲慢な業者は避けるように。そんな業者を雇ったら、恐らく使いものにならないものにお金を浪費することになり、公開後まもなく、デザインをやり直すはめになるだろう。顧客が、そのデザインの実地ユーザ・テストをさせられることになるのだから。
実際、プロジェクトがスタートする前にデザイン業者のプロフェッショナル度を評価しようと思うなら、その会社のテスト手法と、その他のプロジェクト管理計画を見る以外にないのである。過去の経験だけでデザインするその場しのぎの会社か、それとも、成熟した開発プロセスを持つプロフェッショナルな組織か?あなたを担当するデザイナーが、その会社の他のデザインと同じくらい優れた仕事をしてくれるかどうかは、前もって判断できない。だが、プロジェクトの進行方法がわかっているか、エゴ中心ではなく、ユーザ中心のデザインを理解しているかどうかは評価できる。
ユーザテストを計画に組み入れる業者を選択することには、大きくわけて 2 つの利点がある。
- 品質が向上し、顧客の役に立つ見込みも高く、よって、業務上のニーズを満たすデザインになるだろう。
- いつもテストを実施している業者なら、そのデザイナーもユーザ行動についての経験が豊富で、あなたのプロジェクトでも数多くのミスを避けてくれるはずだ。反対に、テストしない業者だと、そのデザイナーにも悪い癖がつきやすく、現実的なチェックはクライアントの好みだけ(クライアントの顧客が実際にどうしているかではなく)ということになる。
安価なユーザビリティ
クライアントにユーザビリティに投資させるにはどうしたらいいかという質問の回答として、追加費用として請求するのではなく、全体の価格の中に含めてしまうというのも一法だ。いずれにせよ、プロジェクトに必要な Photoshop のライセンス料や、主任デザイナーのコンピュータのメモリ増設代を、クライアントに請求したりはしないのだから。
ユーザビリティはツールに過ぎないし、高価なものである必要もない。2、3 日でシンプルなユーザテストが実施でき、それでもなお、デザインはかなり改善される。クライアントが、体裁の整ったユーザビリティ・レポートの提出を求めないのなら、1 週間もあればテストが何ラウンドか実施できるし、それを標準的な業務の一環とみなすこともできるだろう。
もちろん、きちんとしたユーザビリティ・レポートには追加料金がいる。制作には、かなりの労力が必要だからだ。顧客行動に関する洞察に富んだ分析を含むレポートには、長期的な戦略的価値がある。別途の提出物として、クライアントには相応の追加料金を請求すべきだ。だが、修正すべきデザイン上の問題点を戦術的にリストしただけのレポートなら、恐らく社外に出すべきではないだろう。
つまるところ、クライアントにユーザ・テストやその他のユーザ中心デザイン手法の費用を払わせるための本当の答えは、ユーザビリティが持つ驚くほどの投資効率に目を向けさせることに尽きる。シンプルなユーザビリティなら安価に抑えることもできる。たった数日で、しかもなお、ウェブサイトの効果を 2 倍以上に向上できるのだ。クライアントに対して、このパワフルなツールを利用するよう勧めるのは、じつにいいアドバイスだ。インラタクティブ・メディアの理解が進むにつれて、このアドバイスの有難みがわかる人が、ますます増えることを希望する。
2003年5月19日