逆・メトカーフの法則
ウェブをバラバラにして孤立したミニネットワークにしようという現在の試みは、ユニバーサルな相互接続を前提としたインターネットの長期的な可能性を蝕むものだ。
- AOLはMicrosoftの顧客を締め出そうとしている。同様にProdigyやYahooの顧客も、AOLの顧客との「インスタントメッセージング」を使ったコミュニケーションから締め出されようとしている。この状況は、1980年代のEメールを思い起こさせる。当時は誰もがEメールアドレスを5つも名刺に刷り込んでいたものだ。主要なサービスごとにひとつずつアドレスを持っていたのだ。
- Universal Studioは、同社のサイトに掲載された映画の予告編にリンクしようとするウェブサイトと戦っている。
- 同様の話で、昨年TicketmasterがSidewalkからのリンクをやめさせようとした一件がある。Ticketmasterでは、Sidewalkで紹介されたイベントのチケットを扱っているのに、チケット購入の見込み客がやってくるのを拒んだのである。
- スポーツチームのオーナーたちは、他のウェブサイトにチームの話をさせないようにしようとした。こうすれば、ファンたちは、National Basketball Associationや、その類がスポンサーになっている「公式」サイトの記事を読むしかなくなる。
- ケーブルモデムサービスでは、その所轄範囲外のサイトから、ユーザが一定以上の長さのビデオクリップをダウンロードできないようにしている。この先、ケーブルサービスは、提携サイト以外へのアクセスを遅くしたり、あるいは一切できなくしたりするかもしれない。長期的に見ると、ケーブルモデム加入者は、MP3のようなビデオオンデマンドサービスを利用できなくなる可能性がある。例外的に、自社サーバで、非常に制約の大きいストリームをごくわずかに提供するだけだ。
- ポータルでは、本当にユーザに推薦したいサービスよりも、一番たくさんお金を払ってくれたサービスを目立たせるという流通取引が増加している。当然ながら、ポータルのユーザは顧客ではなく、単なる目玉に過ぎない。今日のウェブで、ユーザニーズに対する敬意がほとんど見られないのはこれが理由だ。
ユーザを囲い込んで、インターネットの自然な成長を阻害すれば、短期的には利点があるかもしれない。しかし、こうした試みはすべて間違っている。
他のサイトから特定のページへリンク(いわゆるディープリンク)を張ってもらうことは、事情のわかったウェブ戦略家ならほとんど誰でも歓迎するものだ。提携プログラムを設けて、できるだけたくさんリンクしてもらおうとするサイトも数多い。ターゲットの絞られたリンクをたどってくるユーザは、特定の製品やサービスの購入に関心を持つ、きわめて有望な顧客である可能性が高い。そうした好奇心あふれるユーザをホームページに追いやり、改めて自らの手でサイト内を検索させるなんて、まったく非生産的だ。リンクはもっとも効果的なウェブマーケティング手法のひとつだ。他のサイトからのリンクを妨害するなどということは、きわめて視野の狭い行動である。
周囲に壁を作ってサイトを孤立させようという試みは、長期的には破綻する。メトカーフ(Metcalfe)の法則によれば、ネットワークの価値は、その規模の2乗に比例するからだ。したがって、2倍の規模のネットワークは、4倍の価値があると言うことになる。相互接続の数が増えるので、できることが4倍に増えるからだ。
メトカーフの法則によれば、大きなネットワークは、常に小さなネットワークに勝利を収める。最初のうちは、小さいネットワークの方が、特定目的のための機能や利点が充実しているという点で、価値は高いかもしれない。だが、ネットワークが成長するにしたがって2乗のファクターが効いてきて、最後には大きいネットワークが勝つ。そして、インターネットはその中でも最大のネットワークであるがゆえに、それは究極的にどんな独占的ネットワークにも勝るのである。
初期のハイパーテキストシステム、すなわちHyperCard、IntermediaやNoteCardsといったものと比較して、なぜウェブがこんなに成功したのか。メトカーフの法則に照らしてみれば、その理由はかなりよく理解できる。これらのシステムは、いずれもウェブよりはるかによくできていたし、いまだにウェブに備わっていない機能を10年も前から装備していた。だが、ウェブはユニバーサルなのに、他のシステムは独占的だった。どちらが勝つかは目に見えている。
この法則は、ネットワークの成長に関して引き合いに出されることが多い。だが、メトカーフの法則を逆にとり、これを応用して、ネットワークを分断した際の影響を描き出すこともできる。
ネットワークをN個のコンポーネントに分割すれば、その価値は元のネットワークの1/Nに減じる
この新しい法則は、もとのメトカーフの法則にそのまま従ったものだ。新しいコンポーネントは、元のネットワークの1/Nのサイズである。だから、その価値は、元の価値の 1/(N2) となる。同時に、新たなミニネットワークはN個になるから、全体の価値は N * 1/(N2) = 1/N となる。
Ciscoが発表した分析によれば、ウェブ全体の価値は、現在約3000億ドルになっている。今後3年のうちに、この価値は1兆ドル近くに達すると見られている。ウェブを分断化しようとする幾多の試みが成功し、近いうちに全体が5つに分かれ、3年後には10に分かれると仮定しよう。
- ウェブの現在価値は3000億ドルから600億ドルに減じる。社会的な損失は2400億ドルとなる
- 現在の「ミニネット」の価値は、それぞれ120億ドルとなる
- ウェブの将来価値は、1兆ドルから1000億ドルに減じる。社会的な損失は9000億ドルとなる
- 未来の「ミニネット」の価値は、それぞれ100億ドルとなる
ウェブを分断することで得られる短期的な利権は、その結果できあがるミニネットのひとつを究極的に支配できるという思惑から来ている。120億ドルのほとんどを吸い上げる方が、3000億ドルの一部を得るよりも魅力的なことは確かだ。たとえ、この行動が2400億ドルの社会的損失につながるものであっても。
対照的に、独占的戦略の長期的見込みは薄い。各ミニネットの価値は、やがては120億ドルから100億ドルに減少するからである。
実例: 独占的インスタントメッセージサービス
逆・メトカーフの法則を使って、AOLの独占的コミュニケーションシステムが与える影響について分析してみよう。AOLが、全世界のインターネットサービス市場の20%を獲得することに成功したと仮定しよう。さらに、市場の残り80%は、単一のオープンなスタンダードを認めるものとしよう(Internet Engineering Task Forceによって定義されたものであることが望ましい)。単一のユニバーサルなネットワークの理論的な価値に比例して、以下のことがわかる。
- AOLのシェアの価値は、0.22 = 4%
- その他の企業のシェアの価値は0.82 = 64%
- その残りは、すべて分割にともなう損失となる。誰の懐にも入らない: 100% – (4% + 64%) = 32%
言葉を変えれば、AOLは最終的に4%のシェアを獲得できる(もちろん、これだってかなりのものだが)に過ぎず、全可能性の1/3は、単なる社会的損失になる。
反対に、AOLが単一のオープンなスタンダードに参加したとしよう。その上で、新しく生まれる価値のうち、同じだけのシェアを獲得したとしよう。先ほど、未来のインターネットにおける全シェアを、私は20%と仮定した。すると、AOLは、独占的なシナリオを取るよりも、5倍もの価値を生み出せることが理解できるだろう。ただひとつうれしくないことがある。黙っていても保証される独占的な4%のシェアとは違って、20%のシェアを獲得するためには、彼らもサービス品質で競争しなくてはならないのだ。
1999年7月25日