インタフェース標準はデザインの創造性を妨げるのか?
デザイン上の標準だけで、完全なユーザインターフェイスは記述できない。よって、定義からいっても、適切な標準に準拠したとしても、行うべきデザインワークはまだたくさん残っている。もっとも重要なデザイン要素が、標準によって記述できないものであることも多い。なぜなら、デザインが扱うべきドメイン特有の性質というのは、標準の埒外にあるからだ。
実例を挙げよう。最近私はeコマースサイトのデザインに参加した。ドラフトのホームページでは、製品にたどりつくのに3つのやり方があった。検索と2つのナビゲーション体系である。この両者がシンプルな選択肢リストとして提示されていた。ナビゲーション体系のひとつは、このドメインについて多くのユーザが持つ認識方法にもとづいて構成されており、他方はその製造会社のスタッフの多くが、自らの製品ラインをどのように捕えているかにもとづいて構成されていた。ユーザビリティテストから得られた結果である。
- 多くのユーザのメンタルモデルにもとづいて構成されたナビゲーション体系を利用した人たちの目的達成率は80%
- 企業内部での考えに基づいて構成されたナビゲーション体系を利用した人たちの目標達成率は9%
結果:プロジェクトメンバーの中には、苦痛に感じた者もいたようだが、2番目のナビゲーション体系は、デザインから抹消された。正確な利用法を心得た人たちにとっては、2番目の体系にも利点があった。だが、多くのユーザはトラブルに陥ったため、得るものよりも失うものの方が大きかった。
この結果を例にしたのには、理由が2つある。ひとつには、どちらのナビゲーション体系も見た目は同じで、見栄えやレイアウト、操作テクニックに関しては、同一のインターフェイス標準に従っていたにもかかわらず、この両者のユーザビリティは著しく異なっていたことだ。最初のデザインの方が、後者より9倍も優れていたのである。この違いはeコマースにとって大きな違いになるだろう。ユーザは、製品が見つけられない限り、何も買えないからだ。ユーザビリティの違いは、表面的なデザインの違いではなく、深い部分のデザインの違いから生まれる。ウェブデザインをユーザのニーズにぴったり合わせ、最良の情報アーキテクチャを組み立てるにはどうしたらいいかを見つけることだ。そうすれば、デザイン標準に従っても、サイトデザイナーには、まだたくさん仕事の余地が残っている。ダメなデザイナーなら、ホームページにダメなナビゲーション体系を利用し、テストもしないで済ませてしまうだろう。
この結果からわかることの二つめは、詳細なデザイン標準に文字通り従ったからといって、それだけで高度なユーザビリティが保証されるわけではないということだ。デザインを標準に準拠させれば、ユーザにとって個々のデザイン要素は確実に理解しやすくなる。特定の機能を使うには、どこを探せばいいのかがわかりやすくなる。だが、これらのインターフェイス機能をどう組み合わせればいいかがユーザにわかるわけではないし、必要な機能がシステムに装備されているかどうかもわからない。
Resource Marketingの情報アーキテクトEric Davisは、ショッピングカートの呼び名に関してユーザビリティテストを行い、その結果を最近報告した。原案のデザインでは、「ショッピングスレッド(そり)」という用語を使っていた。そのサイト(冬季スポーツ用の製品を販売していた)は少しでも目立とうと思って、標準的な用語を避けたのだ。結果:「『そり』という喩えは、50%のユーザには理解できなかった。残りの50%にその意味が推測できたのも、普通カートがあるべき場所にそれが置かれていたからだ。何かをどこかに入れなくてはいけないということはわかっていたのだが、そのために使えそうなものは『そり』くらいしか見当たらなかったのだ」教訓:気の利いたところを見せようとするなかれ。ユーザがすでに慣れ親しんだ言葉があるのに、新しい用語を使おうとしてはならない。
もちろん、「ショッピングカート」という用語を用いたからと言って、そのサイトのショッピングインターフェイスが使いやすくなるという保証はない。確実にいえるのは、サイトのリンクとして用いられた実例を見たことのある用語ならユーザも理解できるだろう、ということだ。だが、これによって得られるユーザビリティ上の利点は大きい。
ウェブユーザエクスペリエンスに関するJakobの法則:ユーザはそのほとんどの時間を他のサイトで過ごしている。ゆえに、すでに慣習になっているもの、他のサイトの大部分で採用されているものは、それがなんであれユーザの脳に染み付いているわけだ。そこから外れれば、その代償として大きなユーザビリティ上の問題を抱えることになる。
そもそもの始まり(1984年)から、一貫性は、ユーザビリティに最大の影響をもたらす要素のひとつだということがわかっていた。Macintoshには、Apple Human Interface Guidelinesという詳細な本があって、ほとんどすべてのアプリケーションがこれに従っていた。それまでのシステムを比較したときに、Mac(および後のWindows)がもっとも有利と思われる点のひとつは、結果的に得られる一貫性のおかげで、ユーザは、買ってきたソフトがすぐに使えるようになるということだ。例えば、次の手順を踏めば、ものを移動できるということをみんなが知っている。(1)対象物を選択する、(2)カット(切り取り)コマンド、(3)新しい場所へスクロール、(4)挿入したい個所をクリック、(5)ペースト(貼り付け)コマンド。いつでも手順は同じ。しかもカットとペーストコマンドは、いつでも編集メニューに収められている。短縮形はCommand-XとCommand-Vだ。挿入とペーストをVという文字に結びつける必然性はない。だが、それはいつも同じなのだ。だからこそ役に立つ。
あらゆるMac用ソフトに強力な一貫性があるからといって、ExcelがMacWriteのように見えるなんてことはないだろう?MORE(人気のあるアウトラインソフト)を開発するにあたって、そのデザインに創造性が介入する余地などなかったとも思わないだろう。今日のソフトの多くは、プラットフォームごとに策定されたデザイン標準にかなり厳密に準拠しているが、だからといってすべてのGUIソフトが皆同じなんてことはない。
ウェブにも同じことが言える。デザイン標準に従うということは、単にユーザに言いたいことをより確実に伝える役に立つということでしかない。文書を作成するときには、自分で編み出したボキャブラリを使うのではなく、英語の単語を使うというのと同じだ。どんなストーリーを語るのか、デザイン要素をどうやって集めるか、という
デザイン標準のルール
成功するためには、インターフェイス標準は次のようなものでなければならない。
- 実例入りで説明も行き届いたものであること。デザイナーは本文よりも、実例を見て理解する
- 実例自体が、あらゆる面からみて完全に標準に準拠したものであること。説明しようとするポイントだけにしぼったものではいけない(与えられた実例からデザイナーはいくつものことを学べるかもしれない)。
- できるだけ詳細かつ総合的なチェックリストを用意すること(デザイナーは、テキストを読むよりもリストをざっと眺めるほうが好きだ) – 例えば全ページに配置すべき要素のリスト、あるいは望ましい用語のリストなど
- 標準についての専門家を配備し、公式の標準査定によって新しいデザインの評価に当たらせること。同時に、デザイナーは標準の解釈に疑問を持った時に、いつでも非公式なコンサルテーションを受けられるようになる(気軽に疑問をぶつける先がなければ、各デザイナーが自分勝手に答えをでっちあげてしまうだろう – 場合によって違った答えが出てしまうのは確実だ)
- 活発な啓蒙プログラムで支援してやること。意見を求められるまでじっと待っているようでは足りない。積極的にプロジェクトを見つけては、こちらから出向いていって標準についての話をし、デザインについて(穏やかな)コメントを与え、やむなく逸脱してしまったところは、どうやって修正したらいいか助言するのだ。
- 標準管理者の監督のもとに、新たな問題が起こるたびに改訂を加え、生きたドキュメントとなるよう努めること
- もっとも定評のある外部のデザイン標準に準拠するか、さもなくば、これら外部の標準との違いに焦点を当てた明確な説明を加えること
- 非標準的なデザインを起こすより、標準に準拠した文書を作成する方が楽、という環境を作るために、開発用ツールやテンプレートの力を借りよう
- (印刷するなら)よい目次を用意すること。あるいは(オンラインで参照するなら)優れた検索システムを準備し、関連するルールにはハイパーテキストリンクをつけておくとよい。
啓蒙活動がどこまで行き渡るかということは、イントラネットの標準においては特に重要である。現場の部署では、本部からの命令を無視する傾向があるからだ。「オレたちは他とは違うんだ。本部の連中は何もわかっちゃいないな」というのはよく聞く弁解だ。確かにそうだろう。だが、特別でない部署なんかない。みんなが自分の環境に合わせて違ったことをやりだしたら、全体のシステムは完全なカオスになってしまうだろう。最大多数の利益が、実際に最大の利益につながるのが普通だ。一貫性を持つことで、全体のユーザビリティは向上する。状況があまりにも特殊なので、一貫性を破ることが許されるケースもまれにある。だが、本当に本当に納得できる理由のあるケースに限定しなくてはならない(納得できるといっている理由の多くは十分とは言いがたい)。
最後に、標準自体にもユーザビリティ面での問題点がありうることを理解しておこう。これは、その標準がハイパーテキストリンク付きのインタラクティブなウェブサイトであろうと、従来型の印刷されたドキュメントであろうと関係ない。それゆえ、デザイナーを対象にして、提案されたデザイン標準のテストを行い、彼らが実際に使えるものであることを確認すべきだ。
1999年8月22日