AI時代におけるデザインセンスと技術的スキル

生成AIによって誰もが何でも作り出せる時代だからこそ、識別力の重要性が一層高まっている。優れたデザインを生み出すには、依然としてクリエイティブなスキルが不可欠である。

技術的能力のシフト

生成AI(GenAI)ツールは、人々がこれまで実現できなかったことを可能にする。カメラを持っていなくても写真を制作でき、ビジュアルデザインのスキルがなくてもイラストを作成でき、韻律について何も知らなくても詩を作れる。ほんの数回クリックするだけで、誰もがほぼ何でも生成できるようになって、ユーザーは従来の制約から解放された。

これこそがAIツールの素晴らしい利点の1つだ。スキルのギャップを埋め、デザイン作業でこれまで必要とされてきた退屈で技術的に面倒なタスクを軽減してくれる。しかし、以前は不可能だったものを作り出せるようになったからといって、それが必ずしも適切なものになっているとは限らない。

技術的能力≠センス

AIはあらゆる種類の出力を生成できるが、その出力の質を保証してくれるわけではない。技術的能力はクリエイティブな能力とは別物である。LinkedInでOisin Hurstが述べた「創造性にとって、AIというのは、料理するときの電子レンジのようなものだ」という例えは、非常に的を射ている。

もしあなたが(ケイトのように)料理が苦手なら、電子レンジは確かに役に立つ。しかし、電子レンジではシェフが作る手の込んだ料理と同じようなクオリティのものはできない。創意工夫をすることがあまりできないからだ。調理時間や出力を調整することはできるが、せいぜいそれだけだ。そのため、(サラのように)調理の才能がある人にとっては、電子レンジを使うのはフラストレーションが溜まるだろう。出来上がりを正確にコントロールすることができず、他の調理方法に比べて仕上がりが劣るからである。

GenAIを誰もが利用できるようになったことで、もはやデザイナーだけがデザインを生み出せるという状況は過去のものとなった。イラストを作成するのにビジュアルデザイナーである必要はなく、コンテンツを作成するのにコンテンツデザイナーである必要もない。また、ウェブサイトを作成するのに、(AIによるインタフェース生成支援機能を使えば)インタラクションデザイナーである必要すらなくなった。

将来的には、デザインを作成するために必要な技術的スキルではデザイナーを区別できなくなるだろうと我々は予測している。誰もが自分のスキルに縛られることなく、さまざまな種類のコンテンツを作成できるようになるだろう。

では、なぜデザイナーが必要なのか。我々は、良いデザインを生み出すためには、技術的なスキルだけでは不十分で、それ以上のものが必要だと考えている。

デザインを技術的に作成「できる」からといって、それが「適切な」デザインであるとは限らない。言い換えれば、そのデザインが、高品質で、目的に合致し、訓練を受けたデザイナーが作成したものよりも優れているという保証はない。

例:写真撮影

ほんの数十年前まで、写真を撮影できるのは、本格的な技術トレーニングを受け、高価で扱いにくい機材を手に入れることができる人だけだった。そして、たとえそうした条件が整っていても、最高の写真家になるには、生涯にわたって研鑽を積み、試行錯誤を重ねて、独自のスタイルを確立する必要があった。

今日では、最新のスマートフォンがあれば、誰でも非常に高品質な写真を撮影できる。2010年代以降は、スマートフォンのカメラはAIの支援を受け、ハードウェアの性能以上の写真すら撮れるようになった。

いまや世界中の多くの人々が素晴らしい写真を撮影するための技術的能力を手に入れている。しかし、構図のセンスや独自の視点がなければ、撮影する写真はあまり魅力的なものにはならない。

写真に関する知識がなくても写真を撮ることはできる。とはいえ、写真に対する背景知識があれば、出力の生成や修正に非常に役立つだろう(美術史に精通していれば、AIチャットボットに画像を生成させる際に模倣したい特定のスタイルを明確に伝えられるのと同じである)。

センスとは何か

我々は、Elizabeth Goodspeedが自身の「It’s Nice That」の記事で述べたセンス(taste)に関する見解に同意する。センスには識別力が必要であり、それは、全体を意図的に形作るための大小さまざまな決断の積み重ねである。

テクノロジーやグローバルなつながりがもたらす広大な可能性の海を航海することは、デザイナーのセンスによって可能になるのだ。また、デザイナーのセンスによってこれらの要素を選び出して組み合わせることで、理想的には興味深い独自の作品を生み出すことができる。

Elizabeth Goodspeed

さらに、特にデジタルデザインの分野においては、センスには戦略という要素も関連していることを付け加えておきたい。センスの優れたデザイナーは、ユーザーのニーズと戦略的なビジネス目標の両方に焦点を当てた核となるビジョンのもと、数百もの小さな意思決定をどのようにまとめ上げるかを判断できる。これらの意思決定は、小さなビジュアルの細部といった要素から、デザインの目的や対象者に最適な、状況に応じた大局的な選択まで多岐にわたる。

たとえば、ウェブページで使用されるグラフィックは、それ自体がセンスの良いものであるだけでなく、サイト全体のビジュアルデザインに調和し、組織のブランドとも整合性をもつ必要がある。

センスの良し悪しを決めるものとは

センスは主観的で、曖昧で、個人的なものだ。センスとしてのデザインの嗜好は完全にその受け手に依存しており、社会的シグナルや、価値観やアイデンティティを伝える手段として用いられることが少なくない。

したがって、我々は、センスには客観的な良し悪しは存在しないと考える。特にエクスペリエンスデザインの分野では、デザイナーは意図的な選択を通じてセンスを表現する。すべてのディテールは、1つの統一された思考、アイデア、ビジョンを拡大し、強化するために機能すべきである。明確な意図をもって創造しよう。

以前には作れなかったものを今なら作れるとしても、それを他の誰にもできない高品質なものにするには、努力と時間が求められるのである。

差別化要因としてのセンス

かつては技術力が差別化要因になっていたが、誰もが同じことができるようになったらどうなるのか。あなたの専門的なスキル(たとえば、ビジュアルやコンテンツ、インタラクションのデザイン)を多くの人が手軽に使えるようになったらどうなるだろう。専門外の人たちが、あなたのやってきたことを少なくとも素人目には「技術的に」できるようになったとしたらどうすべきだろうか。

だからこそ、選択眼やセンス、識別力によって、あなた自身やあなたの製品を際立たせればよい。

自分がグラフィックデザイナーだと想像してみよう。突然、雇用主があなたにビジュアルの作成を依頼しなくなった。AIツールでイラストを作成できるからだ。これは恐ろしい話である。

しかし、技術を磨くために費やした時間が無駄になることはない。ステークホルダーがあなたなしで「何か」を作成できたとしても、それが彼らの目的を達成し、顧客の心をとらえる「適切な」ものになるとは限らないからである。

参考文献

Goodspeed, E. 2024. Elizabeth Goodspeed on the importance of taste – and how to acquire it. It’s Nice That. [Online]. Available at: https://www.itsnicethat.com/articles/elizabeth-goodspeed-column-taste-technology-art-280224.