ツインモニタ

職場のパソコンに次いで、自宅のパソコンもツインモニタにした。職場のパソコンで、そのメリットを実感したためだ。最近はLCDの価格も下がってきたし、ツインモニタ対応のグラフィックボードも比較的安価になってきた。この際、皆さんにもお奨めしたい。

もともとディスプレイというのは机の上に開いている原稿や資料に相当するものだ。もちろん動的な表示が可能なパソコンだから、それ以外にテレビ画面やその他の画像などを表示する場所でもある。デスクトップというメタファが使われているように、そこはまさしく机の上、いやもう少し厳密にいうと机周り全般の作業場所を指しているといえる。

表示装置においてユーザにとって意味があるのは画面だけ。物理的な奥行きは必要ない。近年の液晶等、フラットパネルディスプレイの技術の進歩によって、ユーザはCRTの不必要な奥行きと重さから解放されつつある。いまだに29インチのCRTテレビを使っている我が家ではあるが、地上波デジタルに合わせて、次はフラットにしようと考えている。

CRTにおけるようなユーザにとって無意味な制約というのは、いまだに各所に残されている。しかるにユーザはそれが仕方のないもの、あきらめるべきものと考えて、その不便さを甘受し、一種の不感症に陥っている。たとえばイヤホンのコードがそうだ。イヤホンというものは聞ければいい。別にコードが付いていた方が嬉しいわけではない。コードの途中にスイッチをつけたイヤホンがかなりの種類出回っているが、私が個別にヒアリングした限り、それを使いやすいものとして積極的に受け入れているユーザは意外に少ないように思った。いずれコードレスのイヤホンが当たり前のものになるだろう、そう私は考えている。

話をディスプレイに戻すと、技術の進歩により、より広いディスプレイが利用できるようになったのは望ましいことだ。机の広さを考えてみればいい。3mも5mもある机が必要なことは稀であるが、30cmや50cmしか幅の無い机で仕事をすることを考えてみればいい。日記を書くだけならそれでもいいかもしれない。しかし仕事の書類を作成しているときには資料が必要になる。また、二つ以上のことを並行して処理しなければならないこともある。そうした時、ある程度以上の面積というのはどうしても必要になる。

これは人間工学的に考えれば、人間の目の解像度と手の動きの微細さという限界に関係しているといえる。もし視力が5.0くらいあれば、極小のフォントを使った書籍や資料が普通に使われていただろう。人間の手指がもっと微細で細かい作業が可能なら、それに相当する文字を書くこともできただろう。しかし、そこには現実的なクリティカルサイズがある。それ以上の細かさを人間は受け入れることができない。

もう一つ、認知工学的に考えれば、人間の短期記憶のスパンも関係しているだろう。人間の短期記憶のスパンがもっと大きくて、大量の情報を正確に記憶することができたなら、人間の作業の手順というのは今と大きく違っていたことだろう。あらかじめ大量の情報を頭に入れ、それを加工してからおもむろに筆記作業にとりかかる。しかもどのページにどの内容を書いたかを正確に記憶しているので、行きつ戻りつの作業は必要ない。しかし、ここにもクリティカルマスが存在している。そのために、人間は今以上の負荷を自分自身に課すことができない。

そうなると、人間の制約条件を前提にした上での作業環境の構築が必要となる。しかし、その場合、もう一つ問題になる条件がある。それは視野と注視点の問題だ。人間の視細胞は注視点に相当する中心窩に密集しているが、そこを外れると急速にその密度は減少する。人間が視線を動かさねばならないのは中心窩をそこに向けるためである。さらに我々の視野は角度が限られている。そのままの状態で真横や後ろを見ることはできない。そこで人間は頭を動かしたり、体を移動したりして、「それ以上」の情報を手にいれたり、「それ以上」の操作をしたりすることになる。しかし、大きな頭の回転や体の移動は身体的な負担を伴う行為であり、長時間持続的に行うのは疲労を伴う。

そのため、広ければいいというわけではない。ある一定の広さの中でそれを十分に活用できることが望ましい。人間工学では、手の動作範囲をベースにして、男性1615mm、女性1489mmという横幅を推奨している(図説エルゴノミクスP.423)が、頭の回転をともなう視覚動作環境はもう少し狭いものと考えたほうがいいだろう。一般の机のサイズが1400-1000mmくらいの幅になっているのはその意味で適切といえる。

さて、それではディスプレイのサイズはどのくらいであれば適切なのだろう。最近は17インチディスプレイが平均的で、19インチもかなり普及してきた。以前に比べれば格段のレベルアップだ。しかし、作業環境を考えた場合、19インチディスプレイでも、A4サイズの書物を見開きにするとそれで一杯になってしまう。自分の書くものを置くスペースが無くなってしまう。そうした制約を超えるものとしてマルチウィンドウが工夫され、ウィンドウを切り替えたり、もしくはウィンドウを縮小して並置するというやり方が取られてきた。ただ、これはあくまでも便宜的なもの。人間が本来やりたかったことではない。

このような経緯を経て、複数モニタという仕組みが考えられ、いよいよ実用に入ろうとしている。

ただ、ツインモニタにも問題がないわけではない。その一つが間にできるモニタの縁だ。二つのモニタが滑らかに連続していない。もちろん、そうした巨大CRTを作ることは技術的には可能だろう。しかし歩留まりが悪くなり、価格が上昇する。この縁取りを最小化する技術、これが今後の一つの技術課題になるだろう。

では、何インチのモニタを何個使うのが最適なのだろう。モニタの数について、まず上下左右に並べて合計6つのモニタを利用した状態を考えてみよう。上下のモニタで視線移動をするには、一般に頭の上下運動が必要になる。しかし、やってみると分かるが、上下の移動というのは案外に負担のあるものだ。短時間ならまだしも、長時間これを繰り返すことは苦痛を伴うと考えられる。

左右については、個人的意見として三つまでなら大丈夫ではないかと考えている。現在、私は左側のモニタを基本モニタとし、右側のモニタを補助モニタとしているが、さらに左側にもう一つ付けたとすると、たしかにあればあった方がいいように思うし、それを利用することが苦痛にはならないように思うのだ。もちろんこうしたことを結論づけるためにはきちんとした実験をしなければならないので、結論を出すには慎重でなければならない。あくまでも私の直感的洞察としてだが、21インチくらいのモニタを横に三つ繋げた状態、そのあたりがマルチモニタとしての最適限界なのではないだろうか・・そのように感じている。関係者の皆さんには、是非とも実験的検証と、そのための技術開発に尽力をいただきたい。

公開: 2005年11月7日
著者: 黒須教授

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