広告における虚像とネットにおける実像

インターネットが登場し、日常的なメディアのひとつとなってきた現在、製品情報の提供の仕組みは本質的に変化した。 消費者は企業側や広告代理店側の一方的な意図に左右されていた製品情報だけでなく、「ほんとうの」情報を求めてネットにアクセスするようになった。

  • 黒須教授
  • 2010年1月19日

企業の広告費が漸減の状態にあるという。ひとつには日本経済の構造的不況も影響していると思うが、もうひとつ、広告における商品情報の提供に関する本質的な問題点に、関係者が徐々に気づき始めたこともあるのではないか、と思っている。

広告という企業活動は20世紀の初期から組織的に開始されたといっていいだろう。ただ、製品の情報を消費者に提供し、それを売り上げ増につなげようという発想は、それこそ商業活動が始まった時から存在しただろうと思われる。メディアを利用した広告という活動は、20世紀になって資本主義経済が活性化してから、市場原理を重視する考え方にもとづいて、特に活発なものになってきた。

人間の基本的な心性として、何か(それは商品であったり自分自身や自分の子供であったりするのだが)を売り込もうとする時には、良い点をアピールしようとする傾向がある。アピールする場合、わざと些細な欠点を提示し、欠点はそれくらいであって、あとは優れた点しかないのだという逆説的なテクニックもあるが、普通は良い点だけを積極的にアピールする。

広告活動は、そうした人間の心性を反映して、商品の美点を強調することが基本となっている。ただ、しばしば、その強調は過度なものとなり、実際の品質を超えた大げさなものになってしまう。この傾向は看板広告の時代にも見られたが、新聞やラジオ、そしてテレビというマルチメディア機器が利用されるようになって顕著になってきた。現在は誇大広告を規制する仕組みが存在しているが、それでも適度の誇張は許容されてしまっている。

昔、テレビCMの制作者のひとりが、虚像を作ることに耐えられなくなり、その旨を書き記した遺書を残して自殺した事件があった。広告が商品の実像を伝達する活動でないことを明示した痛ましい出来事だった。それでも広告活動は活性化し、企業はそこに莫大な広告費を投入する傾向が続いた。

広告にもいくつかのタイプがあり、雑誌のパソコン広告のように消費者に製品情報を提供するものから、テレビのクルマの広告のようにイメージを膨らませるものまで、多様な種類がある。特にテレビの場合には5秒、15秒、30秒、長くても60秒といった短い時間に情報を詰めこまなければならないため、情報提供型の広告は作りにくい。できても一つの機能を強調する程度になる。したがって必然的にイメージ提示型になる。テレビ通販の番組などでは、企業とタイアップして数分以上の時間をかけて売り込みをする場合もあるが、視聴率、いいかえれば消費者への影響力という点からすれば僅かなものであろう。

イメージ提示型の広告の場合、化粧品や食品など、イメージ優位型の商品の場合を別にすると、それ以外の商品、たとえばクルマ、テレビ、洗濯機などの日用品の場合には、本質的にはイメージよりも実際の機能や性能、そしてユーザビリティなどが大切なはずである(クルマはすでに基本機能や基本性能が成熟しきっていて、イメージ提示型の商品になってしまっているのかもしれないが)。それをイメージによって短時間に訴求しようというやり方には本質的な欠陥があったというべきである。

情報提供型の広告は、雑誌などに見ることができる。雑誌では特集記事を組んだりするので、商品間の比較もできる。その意味で、雑誌というのは商品情報を知るための有効なメディアであったのだが、雑誌自体がいささか時代にそぐわないメディアとなり、売れ行きが落ちてきている現状では、情報提供メディアとしてのパワーはあまり発揮できていないのが現状といえるだろう。

さて、インターネットが登場し、日常的なメディアのひとつとなってきた現在、製品情報の提供の仕組みは本質的に変化した。消費者が多様な情報源にアクセスして、商品についての情報を得ることができるようになり、インターネット登場以前のように、企業からプッシュされる情報だけを利用する割合が減ってきたからである。消費者は自分に必要な情報をプルすることができるようになった。企業サイトにアクセスして新製品の機能や使い方をあらかじめ調べることもできるし、値段にしても価格比較サイトが用意されている。使い勝手についても比較サイトなどでは消費者レビューが掲載されていて、その優れた点やウィークポイントを知ることができる。ユーザビリティについても、いろいろな製品についてレビューを行っているサイトや個人ブログがある。

こうした形でネットに商品情報が豊富に存在するようになると、消費者は「ほんとうの」情報を求めてネットにアクセスするようになる。また、ユーザビリティなど、利用してみなければ分からない部分についての情報をネットに求めるようになる。その結果、テレビなどの在来メディアでの広告の役割は、ネットにおける検索キーワードを提供するだけのものになってしまうかもしれない。

もちろん何事にも例外はある。商品イメージが特に重要なファッション分野や化粧品分野などでは、テレビなどの媒体に表現されたイメージがこれからも重視されるだろう。また、ネットの情報といえど、その信憑性の度合いには差がある。しかし、サイトの情報を自分のリアルな経験とつきあわせることで、ユーザは個々のサイトの信憑性を評価していくことができる。

このような形で、従来はプッシュ型、いいかえれば、企業側や広告代理店側の一方的な意図に左右されていた製品情報の提供が、かなりの程度、民主的な形で行われるようになってきたといえるだろう。今後、ネットにおいては、消費者はサイトの信頼性の吟味を行うようになるだろう。また、テレビなどの在来メディアを利用した企業の広告戦略は根本から見直しを迫られるようになっていくだろう。