企業スタンスかユーザスタンスか

ユーザビリティやUX関連の会合で、ユーザビリティやUXというのは「売れるもの」にするための概念である、という論調が目につく。「いいモノなら売れ、良くないモノなら売れない」というテーゼが100%,常に正しいのだとしたらそれでもいい。しかし現実はそうでもない。

 企業スタンスかユーザスタンスか - これはかなりクリティカルな問題でありながら、通常はそれほど意識されることがない。曰く、いいモノにすればいいんでしょ、と言うわけだ。

 ユーザビリティやUX関連の会合に出ていて感じるのは、そこに集まっている人たちが企業関係者であるためだと思うが、暗黙裏に、いや屡々堂々と「売れるもの」にしなければならず、ユーザビリティやUXというのはそのための概念である、という論調が目につくことだ。「いいモノなら売れ、良くないモノなら売れない」というテーゼが100%,常に正しいのだとしたらそれでもいい。しかし現実はそうでもない。

 先日、新型テレビの発表会の報道があり、日本メーカーがスマートフォンとテレビを連動させるとか、新型の3Dテレビを公開していたのに対し、韓国メーカーは、超薄型のテレビを公開していた。一緒に見ていた連れ合いも、日本メーカーの発表を見て、ありゃ駄目だ、と言っていた。僕的にいうなら、テレビのような成熟製品は機能的に何かを追加することよりも、もっと本来的な目標に向かって製品の性能向上を図るべきだ、ということになる。テレビは基本的に見聞きできればよく、見やすく高精細で発色が良く大画面で薄型で音質が良く軽量で消費電力が少なく立ち上がりが早ければそれでいい。そこがテレビの基本性能だと思う。そのことに頑張りきれないからといって、なまじのアプリ機能を追加して、ほらいいでしょう、というのは筋違いも甚だしい。(まあそれにつられてしまうユーザもそれなりの比率で存在するのだろうけれど)。おまけに機能追加をすれば操作の複雑さが増すという古典的ユーザビリティの問題も再発する。

 もう一つのエピソード。そうした企業姿勢に批判的な発言をしたある大学教員に対し、企業の人から「われわれがやっているのはビジネスです」と言われたという話がある。ビジネスなら売れなければならない。だから駄目かもしれないが、機能開発への努力も続けなければいけないんだ。大学の教員みたいに好きなことを言って給料がもらえる状況ではないんだ。現実は厳しいんだ、というようなことだろう。
さて、その話を聞いて思ったのは、いささか不謹慎ではあるが、全裸のセックスシーンを演じた女優に対するインタビューで「お仕事ですから」という答えが返ってくることを屡々耳にすることだ。これは基本的には「ビジネスです」という言い方と大同小異だと思う。

 もちろん、人間は生きていかねばならないし、給与生活者は仕事に全力を投入しなければならない。更に企業が力を失えば、国の経済全体にダメージが及ぶ。しかし、そのことと、ユーザにとっての真の有用性を考えずに見かけの魅力で製品をアピールしようとする姿勢は、Bergmanなどの映画で全裸で出演する女優とセックスシーンを売りにした映画に出演する女優のスタンスの違いと同様のものがあるように思う。

 先週、HCD-Netのフォーラムがあり、そこで「企業の立場でユーザビリティやUXの活動をする人たちとユーザの立場で活動する人がいる。企業の立場で売り上げに貢献するUXを考えるのはそれなりに重要ではあるが、僕は後者の立場である。そして僕にとっての出発点は僕自身である」というような発言をしたら、会場から意味不明の笑いが漏れた。ま、どういう意味か、そんなことはさておき、やはりUCDというのはユーザを中心に考えるべきで、ユーザにとって重要な側面に力を入れた開発をすべきだと今でも思っているし、これまでもずっと思ってきた。その意味で、先ほどのテレビについては、成熟製品であることから、もっともっと基本的な性能要件について技術開発を進めるべきだと思っている。その力のない企業がなまじのアプリに手をだすのは困ったことだとも思っている。

 その意味ではユーザビリティ、特にスモールユーザビティは必ずしも常に企業にとって有意義なものでもない、とこの際、逆説的に言っておきたい。企業の抱える問題の一つは、常にスタッフを抱えていて、それぞれのスタッフにそれなりの仕事をさせなければならないということだ。そのために、新機能でUXを考えるというミッションを与えられた部署は、発展途上の製品カテゴリーであれば有意義な成果を出しうるが、成熟商品では結果的に余計な仕事をしてしまうことになる。それでも給料がもらえるのは、結構な話ではあるのだが。

 注意すべきなのは、ユーザビリティ(これはビッグの意味)やUXを担当する部門は、成熟製品より、新規開発や発展途上の製品の開発に従事すべきだという点だ。またマネジメントは、なまじの新機能を開発しようとするようなスタッフは、閑職に回してしまう決断が必要だということだ。いや、これも逆説であって、ユーザにとって何が本質かを見極め、それを開発への提言とすることができ、開発の方向付けをすることができるようなユーザビリティスタッフは、むしろ貴重な財産として優遇しなければならないと思う。

 僕自身は、ハイテク弱者である自分を正当化していると言われつつも、あくまでもユーザの立場にたってUCDを推進していくつもりでいる。

公開:2011年6月28日
著者:黒須教授

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