ニーズ指向とシーズ指向

人間中心設計の立場からは、ニーズ指向を重視し、シーズ指向に否定的な言い方をすることが多い。シーズ指向、すなわち技術の種が開発されてからその使い道を考える、というアプローチは多くの場合に、無理矢理使い道を考えるようなケースや一見おもしろそうでありながら実際には普及することのないケースが多くなり、商業的な成功がなかなか得られない。特に、研究所で技術を開発した研究者が考え出した実用アイデアというものは、学会発表や企業の技術展示などにもしばしば見受けられるが、商品化の「センス」が今ひとつ、というものが多い。商品化のセンス、という表現をしたが、これは単に直感が優れているかどうかという問題ではない。ユーザのニーズや必要性に基礎をおいたアプローチをとれば、その機器やシステムの存在理由が了解性の高いものになるし、そのアプローチをとらなければ、何のために必要なのかがわかりにくいものになってしまう、ということである。したがって、ニーズ指向のアプローチをとることは、技術を真に活用するための必要条件といえる。

私はしばしば、シーズ指向を否定し、ニーズ指向でゆくべきだと主張している。ユーザのニーズを把握し、その上で、そのニーズを解決できるような技術を開発する方向性が正しい道だ、というような言い方もしている。ただ、それは現実的対応としての発言であって、必ずしも心底からそう考えているわけではない。シーズ指向のアプローチがあまりにも遍在している現在の状況では、そのくらいニーズ指向を強調しなければ駄目だろうと考えているからである。そのくらい強調して、結局のところほどよい塩梅になるだろうと考えているからである。

もう少し正確に言うなら、技術の開発は、かならずしもその用途が明確になっていなくても進めてゆくことが必要だろうと考えている。もちろん、投資効率の問題があるから、その意味では、先にのべたように、ニーズの調査にもとづいて、そのニーズを解決する可能性が高いものに重点化すべきではある。ただ、ニーズが明確になった時に、そこから技術開発を開始していたのでは、ニーズの解決案が具体化されるまでに相当の時間を必要とすることになってしまう。それではシビアな競争に勝つことはできないし、ビジネスチャンスを逃してしまうことにもなる。だから、技術開発というものは、おおよその利用目標を念頭において、先行して行われなければならない。

ただ、製品をシーズ指向で開発してしまうというアプローチには強く反対している。技術ができてしまいました。だからそれを使って「何か」を作ってみましょう、というアプローチはやはり本末転倒である。しかも、それを「センス」の悪い技術者、より正確にいえば、人間や生活に関して考えの浅い技術者-もちろん、これは技術者に対する限定詞であって、すべての技術者が「センス」が悪い、という意味ではない-が使い道を考えるのではろくなものが産まれてこないだろう。ここで言う「ろくでもないもの」とは、たとえば「テレビ写り」はいいが、実際には普及しないようなものをも含んでいる点に注意していただきたい。

ではどうすべきか。私は、企業においても大学においても、シーズ研究とニーズ研究とを並行して進めるべきであり、かつ両者の接点となる場を設けるべきだと思う。特にニーズ研究をもっと積極的に行う必要がある。それは人間科学や生活科学の観点から行われるものであり、マーケット調査のアプローチもその一つとはいえるが、やはりより広くユーザ工学のアプローチをとることが望ましい。いいかえれば、質的なアプローチによって仮説を生成し、量的なアプローチによってその仮説を検証する、という組み合わせをきちんと実行することである。このようなニーズ研究は、現在の企業においては実に貧弱にしか行われておらず、またその一部といえるマーケット調査にしても、やり方が不十分である上に、その情報が適切に商品企画に生かされているとはいえない。

こうしたニーズ研究が行われたら、その成果をシーズ研究に従事する技術者に対して、まずニーズがどのような実態にあるかを技術移転することが必要である。技術者は、ニーズの実態を把握した上で、自分たちの開発している技術がどのような形で実現可能されうるのかを考える。また反対に、シーズ研究についても、その成果がニーズ研究に従事する人間科学関係者に対して技術移転されねばならない。これによって、人間科学関係者は、どのような技術がどのニーズに対応しうるものであるかを考えることができる。こうした場は、残念ながら、現在の学会活動の中にはあまり見いだせないし、企業活動の中ではもっと困難である。また、それぞれの関係者が自分以外の領域に積極的な関心を持つ、という姿勢も重要である。このように考えると、理想的な状態の実現は大変困難であると思えるが、それだからこそ、私は、まずはシーズ指向を否定する姿勢を示すことから始めなければ、と思っている次第である。

公開:2002年1月15日
著者:黒須教授

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