一回経験と初回経験(初期経験)

長期的なUXとその評価は重要だが、人工物には多様な種類があり、必ずしも長期的には利用しないものや、試しに使ってみて購入を決めるといった短期的な経験もある。したがって、そうした人工物や利用状況をきちんとデザインし評価することも重要である...

  • 黒須教授
  • 2012年6月7日

 英語でいうとOne Time ExperienceとFirst Experience (Early Experience)となるのかもしれないが、今回は、「経験」というキーワードがきちんとした定義がないままに流行している昨今、概念整理をする一助になれば、との思いからこの原稿を書いている。

 普段の原稿や講演では、UXは長期的に把握しなければならないとか、長期的モニタリングが必要だと言い、ISO9241-210の6ヶ月から1年後に評価することが大切だ、あるいはUsers Awardでは9ヶ月後に評価を行っている、という話をしているが、これは一般的プロダクトやソフトウェアシステムなどを念頭においた「長期的経験」の話である。

 もちろん長期的なUXとその評価は重要だが、人工物には多様な種類があり、必ずしも長期的には利用しないものや、試しに使ってみて購入を決めるといった短期的な経験もある。したがって、そうした人工物や利用状況をきちんとデザインし評価することも重要である。一回経験や初回経験のような超「短期的経験」は、人工物の種類とその利用状況によって次のように区別されるだろう。

① 「一回経験」  複数回の利用が想定されていない、やらない、またはできないもの
② 「準一回経験」 場合によると複数回の利用もありうるが、基本的に一度だけしか利用しないもの
③ 「準初回経験」 複数回の利用もありうるが、何時再度利用するかが不確実、または長時間が経過してからのもの
④ 「初回経験」  恐らく、または確実に継続的に利用するであろうもの。その意味では「初期経験」という表現の方が適切ともいえる。

 ①には、ウェブや紙によるメンバー登録(修正や変更はありうるが、その入り口は初期利用とは大抵異なっている)、入学式や入社式、卒業式、成人式、葬儀などの式典、ソフトウェアのインストール、製品を箱から出す作業、店頭での比較で結果的に購入されなかった製品などが該当する。これらは一度だけだからといって、その経験が困難であったり不快であったりして良い訳ではない。再度、反復してくれる可能性は低いが、対象となる組織やソフトウェアなどに対する心証には影響する。UXを実用的品質と感性的品質に分けた場合、特に感性的品質が強く作用するだろうと考えられる。こうした短期的経験は、質問紙調査や観察、直後インタビューなどによって把握することになる。

 ②には、観光旅館や観光ホテル、観光地でのレストランなどの利用、友人など他人から借りた機器の利用、レンタカーによる特定の車種の利用、ウィンドウショッピングをしていて見つけた店舗などが該当する。これらは同一ユーザによる再度の利用の可能性は低いものの、そのユーザから口コミで流れる情報が他のユーザを巻き込むことになる可能性がある。感性的品質だけでなく実用的品質も重要である。また借りたものについては、場合により、購入の可能性につながることがある。評価の方法については①と同様になる。

 ③には、ウェブサイト(たとえばアメリカ入国のためのESTAの申請、自治体サイト、企業サイト、大学や専門学校のサイトなど)、大掃除や害虫駆除に利用する用具や薬剤、公共機器(ATM、自動販売機、自動券売機などについては、特定の機種の再利用が③に該当し、不特定の機種の再利用は②に該当する)、公共建築物(美術館、博物館、コンサート会場、体育館等)などが該当する。実用的品質が重要であるが、感性的品質も関係する。評価には①と同様の他に、ある程度時間が経過してからの記憶にもとづく評価も必要となる。

 ④には、ウェブサイト(たとえばショッピングサイト、検索エンジン、SMS、その他)、アプリケーションソフトや業務システム、パソコンや携帯電話、家電製品、家具などの多くのプロダクト、ビジネスホテルや日常的に利用する飲食店や店舗、通勤・通学に利用する交通機関とそこで利用する機器、住宅やその設備などが該当する。これらについては、長期的経験が重要になるが、その最初のベーストなる初回経験(初期経験)は第一印象を形成し、その後の利用形態を構成するものであるため、いわゆる「つかみ」については感性的品質も重要であるが、実用的品質が重要になる。ここでは③以上に、長期的なモニタリングが重要になる。また実際に継続的に利用していることを前提にすると、記憶をベースにした評価より、調査時点での実利用をベースにした評価が重要となる。

 今回は、以上のように「短期的経験」を4種類に分けて検討を加えた。このように見てくると感性的品質は特に一回性や「つかみ」において重要であるが、利用が継続的になるにつれて実用的品質の重要度が増してくると言える。ただ、長期的に利用する機器やシステム、サービスにおいても「長期的経験」だけでなく、「初期経験」を重視する必要がある点にも注意すべぎである。