ライフスタイルの多様性を理解する

ライフスタイルの違いによる高齢者の多様性について理解するためには、高齢者の生活意識や生活状況について、もっとじっくりとした調査と考察が必要だと思う。

  • 黒須教授
  • 2013年4月22日

超高齢社会に対してICTがどのような形で寄与できるかを検討するという、ある府省のワーキンググループに参加しているのだが、参加メンバーに企業の人たちやコミュニティ支援の活動をしている人たちが多く、それだけでも最初から結論の方向性は伺えてしまう。超高齢社会を高齢者による消費増大によって企業活動の活性化の材料に使おうという意図と、それだけでは生々しいからコミュニケーション支援という形でコミュニティの活性化を図り、それで高齢者に対する支援をした形にしようというシナリオなのだろう。もちろん、企業の人たちもコミュニティ支援の活動をしている人たちも、それぞれの方向で真剣にがんばっているから、そうした活動を支援する方向性が悪いという訳ではない。しかし、ユーザ工学の視点から見たときに、それだけで超高齢社会を構成する人たち、とりわけ高齢者にとって適切な提言が出せることにはならない。特に、高齢者の多様性をどこまで考慮しているかが問題になる。

人間の多様性は、赤子の時から存在するが、年齢を重ねるにつれて、そのベクトルは多方向を向き、その方向にどんどん伸びてゆく。つまり高齢者における多様性の幅とその深刻さは、赤子にみられる多様性とは量的にも質的にも圧倒的な差異があるわけだ。

多様性には、当人が意図せずに持ってしまう特性の違いもあるし、意図した結果、つまり生き様の結果であるライフスタイルの違いもある。前者については、人間工学や老年学などの進歩によってそれなりに社会的に理解が深まるようになってきたし、この会議でも認知機能や身体機能の変化については言及されていたが、後者については、まだ我々は十分に理解しているといえない。会議には、高齢者でパソコンを活用している団体の人たちもいるが、こうしたアクティブシニアだけを想定すると方向を間違える危険性がありますよと、その府省の方には話しておいたが、ワーキンググループの結論にそうした配慮が含まれるかどうかはわからない。

そんなこともあって、本日の会議では、特にライフスタイルの多様性を的確に把握する必要性を強調した。発言時間が限られていたので、どこまで伝わったかわからないが、このままではいけないという思いが強かった。

具体的にいえば、たとえばライフサポートについていえば、買い物に行くのはウォーキングの機会であるととらえてテクテク出かける高齢者もいれば、それはしんどいからとヘルパーさんに頼んでいる高齢者もいる。後者の場合、店頭で品物を見て選ぶことができないから、買い物の幅が狭まるし、それは当人にとっても必ずしも心地よいことではないだろう。こうしたところにネットショッピングが利用される可能性が生まれるが、他方でICTリテラシーやデジタルデバイドの問題が絡んできて、利用したくても利用できない高齢者がいる。さらにいえば、だからといって、高齢者は皆、利用したいけど分からないからICT機器を利用しておらず、その故にネットショッピングができないでいるのだ、と決めてしまうのも早計である。高齢者の多くは、それまでのライフスタイルを変えることを好まない傾向がある。新しいもの好きの人たちは、高齢者の過半数を占めていないだろう。特に新しいことを学ばねばならないとなると、その抵抗感は大きい。それは必ずしも理解の困難さによるものではない。とすれば、ネットショッピングの利便さに憧れつつも、ネット利用を拒否する高齢者にどうしたらよいか。この一見、解決策の見えない問題をじっくりと考える姿勢がまず必要だと思う。安易に解決の道を想定するのではなく、高齢者のライフスタイルの奥底を見通すことが必要なのだ。

コミュニケーションについても、コミュニティ支援という形での他人との関わりに積極的にならない高齢者がいる。それまで築いてきた人間関係の範囲で生きてゆきたい、ということである。そうした場合、さあ楽しいからみんなで仲良く、という単純な声がけは意味をなさない。高齢者には現状肯定の意識が強く、現状よりレベルが下がるのは嫌だけど、無理してそれを上げたいとも思わない人たちがいる。そうした人たちには、対面であれ、非対面であれ、新たな人とのつきあいは、むしろ神経を疲れさせることになるかもしれない。

また、就労については、仕事をしていることが生き甲斐になるから、というロジックが語られることも多いが、それだけではない。安心できる金額の退職金をもらって豊かな年金生活をしている高齢者もいれば、年金だけでどうやって生活していくのか、生活基盤としての収入がどうしても必要だ、という高齢者もいるはずである。

こうした高齢者のライフスタイル、いや、むしろ生活意識と生活状況と言うべきだろうが、そのことについて、もっとじっくりとした調査と考察が必要だと思う。そして、ICTという技術の開発だけでなく、人的サポートとの適切な組み合わせを考えてゆく必要があるだろう。