初心者とエキスパート

そろそろ、ウェブ上でのエキスパートユーザのパフォーマンスを真剣に取り上げるべき時だ。

ウェブのユーザビリティでは、従来、初心者の学びやすさに主眼が置かれてきた。これは大きな意義のあることで、今後も主要課題として取り上げ続けるべきものだ。インターネットユーザーエクスペリエンスについてのJakobの法則を思い出してほしい。ユーザーはほとんどの時間を他のサイトで過ごしている。君のサイトに滞在する時間など、ほんの一部だ。だから、どんなサイトであれ、本物のエキスパートといえるほどそのサイトを知り尽くしているユーザなんか、めったにいない。

ヒューマン=コンピュータインタラクションという分野が確立された当初(1983年)、学びやすさはその重要な焦点のひとつであった。Jack CarrollのLisaLearningのような古典的論文でも、市場に出回っている最高のパーソナルコンピュータでさえ、それを使いこなすのは、Appleが言うほど簡単ではないと書かれていた。学習容易性が、1980年代初期の重大な関心事だったのにはいくつか理由がある。

  • それ以前のソフトウェアは、超オタク以外は誰も相手にしていなかった。Unixが典型的な例だが、こうしたエリート主義的態度への反発があった。
  • 初心者ユーザーの行動を説明し、調査するための新しい理論、方法論が出現した。例えばアクティブユーザーのパラドックスは、その一例である。
  • 商業的成功を収めたグラフィカルユーザーインターフェイス(例えばMacintosh)が登場した。その結果、普通の人がコンピュータを利用する機会が爆発的に増加した。

1970年代はオタク中心だったが、1980年代に入ってからは、平均的ユーザーへと振り子を大きく振らざるをえなかった

1980年代後半までには、どうしたら初心者ユーザー向けのデザインができるのか、その手がかりをつかむことができた。もちろん、あらゆるソフトウェアデザイナーがそのルールに従っていたわけでないが。:-(

ここでまた振り子が振れることになる。

1980年代後半から1990年代初期にかけての調査は、その多くがエキスパートユーザーの効率を取り上げていた。ひとたびシステムの使い方がわかったら、次には何を考えるか?ある有名なケーススタディは、電話会社の番号案内支援システムのユーザーインターフェイスを取り上げ、コマンドキーの配列を少し理想に近づけるだけで、アメリカの電話会社全体で年に約1000万ドルくらい節約できるだろう、という結論を出した。

情報処理量を上げ、複雑なタスクを行う熟練ユーザーの効率を向上させることが、多くのヒューマン=コンピュータインタラクションの専門家の使命となった。

その他の優れた例として、宇宙計画の発射管制センターで司令官のために用意された「発射中止」ボタン(および、これに関連する状況探知ディスプレイ)のデザインが挙げられる。このボタンひと押しで何百万ドルが無駄になる。が、必要なときには使わないと、人の生死に関わる。

1990年代初期、ウェブが登場した。振り子はみごとに初心者ユーザー中心へと振り戻された。

ウェブユーザーは気まぐれなことで悪名高い。ホームページをちらりと見て何かわからないことがあると、数秒のうちによそへ行ってしまうのだ。選択肢が豊富で、よそへ移動もしやすいということで、入りやすいサイトを作ることがこの上なく重要になっている。ウェブサイトのトレーニング教室なんてものは聞いたことがない。事実、ヘルプシステムがいるようなウェブサイトは、失敗も同然なのだ。

直観的であることがウェブデザインの主要目標になると同時に、熟練ユーザーの効率があまり考慮されなくなってしまったのだが、これには他にも理由がある。第一に、先にも述べたように、エキスパートと呼べるほどのユーザを多数抱えるサイトがほとんどないからである。第二に、ウェブサイトはユーザに給料を払っているわけではない。タスクを達成するのに何時間かかろうが、誰が気にする?ユーザーが買い物さえしてくれるのなら、どんなに時間がかかろうと知ったこっちゃない。それはユーザーの(あるいはその雇用主の)コストだ。最後に、インターネットのおかげで、技術的関心のない人が、大挙して対話システム(例えばWebTVなど)を使うようになった。このようなユーザーには、なおさらシンプルなシステムが必要だ。

ウェブ上でのエキスパートの効率

こういった理由から、今後とも初心者をサポートし続けなくてはならないことは明らかである。だが、振り子は再び反対方向に、わずかながら振れることになるだろう。まったく反対側に振り切って、エキスパートだけに焦点を合わせることにはならないにしても。

  • 十分なロイアルティを獲得したウェブサイトでは、頻繁に戻ってきて、毎日のように利用するユーザが出てきた。
  • ウェブが、ミッションクリティカルな業務に応用されるようになってきた。このような状況では、効率は重要な問題である。
  • 今後、インターネットをベースにしたアプリケーションの中で、ウェブサイトというよりも、インターネットを通じて日常業務を行うような形態が、そうとう増えてきそうだ。例えば、オンライン予定表や、あるいは完全な業務用ソフトさえ考えられるだろう。

エキスパートの効率ということに注目が集まるにしたがって、以下の4点が推察される。

  • スムーズなナビゲーション経路と読み込みの早いページをデザインすることが、ますます重要になる。GUIの世界での伝統的テクニックは、ウェブ用に焼きなおせるかもしれない。例えば、熟練ユーザーのために、初心者ユーザーには使えないようなショートカットを用意するといったことだ。補助付きインターフェイスも考えられるだろう。普通のサイト訪問者には、学習しやすいシンプルなデザインが提示され、ベテランユーザーには、より強力な上級者用デザインが提示されるという寸法だ。
  • インターネットを利用するアプリケーションのプラットフォームとしては、ウェブブラウザの使用をあきらめる必要も出てくるだろう。もちろん、純粋にカジュアルユーザだけを相手にしている場合はしかたない。だが、頻繁に利用するユーザーは、彼らの使っているデバイスの利点をフルに生かした最適化されたインターフェイスを必要とするだろう。
  • エキスパートが納得するような、深く掘り下げたコンテンツ、一歩進んだ情報を、サイトに追加するべきだ。
  • ユーザビリティテストは、何度もユーザーを調査して、そのサイトやサービスを使い慣れるに従って、彼らがどう変化するかつきとめなくてはならない。

2000年2月6日