移動しないモバイル
モバイルインターネット接続が普及すれば、もはや家電を電話ジャックに接続する必要はなくなり、スマートデバイスのインストールはかなり楽になるだろう。実際、そういった機器にはユーザインタフェース(UI)もまったく不要かもしれない。その実例が日本のi-potだ。(By Jakob Nielsen and Marie Tahir)
モバイルインターネットのもっともすばらしい特性のひとつは、ほとんど移動しないデバイスで発揮されるかもしれない。無線でのインターネット接続が普及し、安価になれば、ワイアなしでネットに接続するデバイスがたくさん出て来るだろう。箱から出して電源を入れれば接続完了である。
ワイヤレス接続で、タコ足のような電線から解放されるだけではない。スマートデバイスのインストールも簡単になるのだ。実例は? WebTVは非常にユーザビリティが高い。ウェブにアクセスするなら、これがもっとも簡単な方法だが、ひとつだけ退屈な作業が待っている。この機器を、TVと電話の両方に接続しなくてはならないのだ。既存のデバイスにつなげるというのは非常に難しい。特にビデオデッキやケーブルテレビがつながっていたり、TVの近くに電話ジャックがなかったりすると大変だ。
ワイアを必要とする限り、消費者向けデバイスの大部分は、ネット接続に関するオーバーヘッドが高すぎる。また、ほとんどの人は電話線をひとつしか持っていないから、自宅に通話しようとするデバイスにしょっちゅう回線をふさがれたのでは、たまったものではない。
モバイル接続が組み込んであれば、必要に応じて、デバイスからデータを送受信できるようになる。データ量の多寡も関係ない。しかも、オーナーの側では、意識的な行動は何もしなくていい。デバイスから送信するビットの量が非常に少ないため、帯域幅への負担も最小限で事足りることが多いだろう。こういった接続には、課金もごく安価であって欲しいものだ。通話料の支払いは、デバイスの販売者から回線業者へのワンタイムの決済で完了しているというのが望ましい。このシナリオ通りにいけば、ユーザが何か登録したり、設定したりする必要は一切なくなる。このため、ユーザビリティは大幅に向上し、現実的な応用の道も一気に広がることだろう。
i-pot: 非コマンド型インターネット家電
モバイルインターネットは、見慣れた動かない家電のふりをして、こっそりと、事実上誰にも気付かれないように人々の家庭に入り込んでくるかもしれない。どうやって設置するかって?設置なんか必要ない。スイッチを入れれば、もうオンラインだ。
例えば、日本の象印マホービン株式会社から最近発表されたi-potがそうだ。これはインターネット接続が可能な湯沸しポットで、お茶をいれるための湯を供給する器具である。湯沸しポットは、日本の家庭ではごく普通の日用品である。ところが、この湯沸しポットはそれだけではない。i-potは、湯を沸かし、保温するだけではなく、利用記録をウェブサイトに送信するようになっているのだ。このウェブサイトでは、どういうパターンでお茶を飲んでいるかを監視している。このため、ユーザの安否を気づかう人は、ユーザが普段どれくらいの間隔でお茶を飲んでいるかを知ることができる。この状況は、1日に2回、電子メールで送られてくるが、ウェブサイトでもチェックできるようになっている。i-potのターゲット市場は、子や孫が遠く離れたところに住んでいて直接モニターすることが困難な高齢者である。
i-potのすばらしい所は、これを使うために、おばあちゃんが何か新しいことを学ぶ必要はまったくないという点だ。この図に示したとおり、i-potは普通の湯沸しポットにしか見えない。デザインのおかげで、おばあちゃんはテクノロジーから守られているのだ。おなじみのオブジェクトのために、新しいインターフェイスを学ぶ必要はないからである。
おばあちゃんがお茶を飲みたければ、普通にお茶をいれるだけでいい。i-potに水を補給すると、(NTT Docomoのデータパケット通信サービスDoPaを利用して)富士通のサーバに信号が送信される。レポートの作成や、ウェブサイトへの表示は、このサーバで行われる。以下に掲載したレポートでは、ユーザが機器に電源を入れたことを青のマークで、水を補給したことを緑のマークで、機器の電源が入っていてお湯の保温が行われていた時間帯を赤のマークで示している。
i-potは、ユーザに関してそれ以上の情報は何も明らかにしないので、個人情報について主導権を握っているという感覚は損なわれない。基本的に、ユーザの全生活をさらけ出す必要はないのだ。介護者に必要なのは、高齢者の1日のうちの、ほんの一部分でしかない。(実際にその人の安否を知る上でこの情報だけで十分かどうかは、また別の問題である)。
モバイルインターネット接続を動かないで利用するという道を拓いただけではない。i-potは、非コマンド型ユーザインターフェイスの実例にもなっているのだ。このトレンドは、私たちが1993年に予言したものである(警告: このリンク先は、インタラクション理論に関する長い論文となっている)。モバイルインターネットは、従来のコンピュータに比べてコンテクストへの依存度が高いので、非コマンド型デザインに向いているようだ。この種のデザインでは、ユーザから、コンピュータ自体に明示的に指示を出すことはなく、かわりに、目前のタスクだけに集中しながらインターフェイスを操作できるようになっている。
謝辞
Microsoft東京支社のMitch Tsunoda氏に感謝する。User Experience World Tourで、初めてi-potのことを教えてくれたのは彼だった。
2001年3月18日