ユーザビリティ専門家になるには

ユーザビリティの道で成功を収めるには理論的知識もいくらかは必要だ。だが、大部分は思考能力と、ユーザをテストし調査した長年の経験がものを言う。経験を積む方法はただひとつ。今すぐ始めることだ。

テクノロジーを真に人間に適したものにするという目的を達成するには、今後20年の間に、世界中で50万人のユーザビリティ専門家が新たに必要だ。そのためのトレーニングは、早く始めるほどいい。

「ユーザビリティ専門家になって、業界に職を得るにはどうしたらいいか?」という質問をよく受ける。その答えは、優れたユーザビリティ専門家が全員備えている以下の3つの特徴に現われている。

  • インタラクション理論とユーザ調査手法、特にユーザテスト原則についての知識
  • 高度な思考能力
  • ユーザテスト、およびフィールドスタディを始めとするその他のユーザビリティ活動に携わった10年の経験

残念ながら、これらの特徴のうちで教えられるのは最初のひとつだけだ。ユーザビリティ専門能力は、理論ではなく、ほとんどが才能と経験なのである。ユーザビリティ実務のかなりの部分は、パターン探しだ。だからこそ、思考能力と過去の経験に大きく依存するのである。ユーザ行動の中にユーザビリティ問題のわずかな痕跡でも観察できたら、それがデザインにもたらす影響を演繹しなくてはならない。

だめなユーザビリティ専門家はこんなレポートを出す。「ユーザ 1 は気に入ったが、ユーザ 2 はそうではなかった」。これではデザインチームには、たいして参考にならない。優秀なユーザビリティ専門家は、複数のユーザから観察した事項を組合せパターンを抽出し、デザインを導いていけるような概念的洞察に到達する。

理論は無意味だといっているわけではない。なにしろ、私自身、何冊も本を書いているわけだし、経験を伝えることには意味があると信じている。20年前に私が犯した過ちを、あなたが繰り返す必要はない。ユーザビリティの世界に入りたいのなら、ユーザビリティの基本テキストを読むのはもちろんいい考えだ。

基礎理論のほかに、長年の間に培われてきたユーザテストにおける実践的なテクニックやコツがたくさんある。間違った手法で調査を行っても、たいして得るところはない。手法に関するあらゆる洞察は、あなた自身の調査活動を少しずつよくしてくれる。他人の経験を活用すれば、その見返りは非常に大きい。

行動から学ぶ

多少、循環論法の気味はあるが、本当にユーザビリティを学びたいのなら、まずはユーザビリティ調査を実施することだ。ユーザビリティを極めるには、様々な状況下で多様なユーザを観察する長年の経験が必要だ。

  • 幅広い対象で調査する: 若者と老人。初心者、エキスパート、Unixおたく、販売スタッフ、内科医、修理工、経営アシスタント、管理職、外国のユーザ。
  • これらユーザに幅広いタスクを行ってもらう: ショッピング、検索、休暇の計画、学校での課題調査、油田の生産管理。
  • 幅広いインターフェイスデザイン/スタイルでの利用実態を観察する: 理想を言えば、対象となるインターフェイスは、デザイン上の同じ課題をいく通りものやり方で解決したものでありたい。デザイン上の細かな違いがユーザビリティにどう効いてくるかを、比較検討できるからだ。
  • 幅広いインタラクションプラットフォームで実験する: 壁面いっぱいの「仮想窓」から、ポケットサイズのPDAまで。メインフレームや昔のUnixのようなテキストのみによるデザインや、あるいは現状では使えそうになくても、ひとつの参考としてヴァーチャルリアリティのような未来的なテクノロジーを人々がどう使っているかを見るのも役に立つ。

リストの中に「幅広い」という言葉が何度も出てきたことに注意してほしい。経験の幅の広さは、自信を持って次のような発言をするための基礎となる。「この種の状況下でユーザはふつう問題を感じるはずですが、こういうデザインにすればたいていうまくいきます」。ユーザビリティでは、答えがひとつということはない。場数を踏めば、それだけうまく新しい状況に備えることができるだろう。

はじめの一歩

ユーザビリティ調査の実施を妨げるものは、たった2つしかない。

  • 自分にはできないのではないか、という恐怖感、そして
  • 完璧主義

始めのひとつはデタラメだ。当然、あなたにだってできる。始めるにあたっては、ユーザビリティ工学の初心者が犯しがちな古典的ミスを避けるようにしよう。それはユーザに干渉して、彼らのインターフェイスの使い方にバイアスを与えてしまうことである。口を閉じてユーザの発言に耳を傾けること。

ふたつめの障害は、かなり現実的だ。最初の調査は完璧にはいかないだろう。だが、完璧になるまで待っていたら、何ひとつできない。ユーザビリティの腕を上げるには、やるしかないからである。

私としては管理のしやすい小さなプロジェクトから始めるようお薦めしたい。プロジェクトのデザイナーおよび開発者がよく知った人であれば理想的だ。あなた自身が主任デザイナーだったり開発者だったりすることもあるだろう。ユーザビリティテストは強力な手法なので、何かまずいことをやったとしても、役に立つ結果が得られるだろう。これによって、デザインはめざましく改善できるはずだ。とはいえ、失敗するなら、大きなものより小さなプロジェクトの方がいい。

このプロジェクトでテストとデザイン改良を何サイクルか実施すると、次の2つが起こる。

  • あなたのユーザビリティ能力が高まる。
  • テストしたデザインが大幅な品質向上を遂げていることに経営陣が気付く。

こうなれば、もっと大きくて注目度の高いプロジェクトに移るべき時だ。イントラネットの場合なら、従業員全員がしょっちゅう利用しているものを取り上げてみよう。広く利用されているツールを使いやすくすることは、単に生産性を上げる(そして企業に大金をもたらす)だけでなく、デザイン/開発に携わる人々全員に、ユーザビリティを啓蒙することにもつながる。最終的には、この人たちも、改善されたツールを自分たち自身で使うことになるのだから。

ユーザビリティテストの基本を学ぶのは難しくない。私たちはこれを3日間で教えている。難しいのは、微妙な細部をすべて正しく習得し、深い概念的理解に到達することだ。過去の観察を蓄積した大規模な精神的データベースを構築するには10年はかかるが、本当に優れたユーザビリティ専門家になるにはこれが欠かせない。2~3年経験を積めば、そこそこうまくやっていけるはずだ。だが、1年やそこらでは、いくつかの洞察を取り逃がしてしまうだろう。それでも、この1年目は乗り越えるしかない。一刻も早く自分でテストを始めれば、それだけ達人への道も近くなる。

2002年7月22日