オフショアユーザビリティ

コストを削減するために、ウェブプロジェクトを労働力の安価な国々にアウトソースする企業がある。残念ながら、こういった国々にはしっかりしたユーザビリティの伝統がなく、ターゲットユーザに関する良質のユーザビリティデータも(もしあるとしても)開発者の利用できるものは限られている。

現状では、ウェブサイトやイントラネットの開発には膨大な資金を必要とする。このため、プロジェクト管理者は、あらゆる手段を使ってコスト削減に努めている。長期的には、支出額は低下するだろう。理由は2つある。

  • よりよいツール、ミドルウェア、プラットフォーム。よりよいウェブサービスやアプリケーションサービスプロバイダの登場。現状のソフトウェアは、自家製のものや、適切でないツールを用いて開発されたものがあまりに多い。いずれもゴールドラッシュの時代に作られた寄せ集めだ。
  • ユーザインターフェイスの標準化により、デザイナーは、すべてを一からやり直す必要がなくなり、個々のプロジェクトに固有のコンテンツや機能に集中できるようになる。

だが、さしあたってのコストを削減しようと思う管理者の間で、ある方法が人気を集めつつある。それはプロジェクトのすべて、あるいは一部をオフショア(海外)に発注するというやり方だ。例えば、2002年 イントラネットデザイン年報のある受賞者は、合衆国に本拠のある企業だが、自社イントラネットのデザインをインドの企業に任せている。

オフショアでのウェブサイトおよびイントラネットのデザイン・開発は、ユーザビリティの観点から問題を引き起こす可能性がある。問題のひとつは短期的なもので、長期的には乗り越えられるだろう。もう一方は、より根本的だ。だが、問題の所在を認識して明示的に対応すれば、これも乗り越えられるだろう。

短期的問題: インタラクションデザインおよびユーザビリティ専門家の不足

主なオフショア対象国は、インド、ロシア、それに中国である。これら 3 カ国は、いずれも驚異的な才能を持ったプログラマを多数抱えており、芸術的な伝統もしっかりしている。これら古典的オフショア対象国は、いろんな面から見て、豊かな国の企業からの、ウェブサイトやイントラネットのプロジェクト発注先として有力だ。

残念ながら、インド、ロシア、それに中国には、しっかりとした人間-コンピュータインタラクションの伝統がない。経験豊富なインタラクションデザイナーや、ユーザビリティ専門家もごくわずかだ。HCI カンファレンスなどでの、これらの国々からのプレゼンテーションは、例外なく極端に理論的、かつ形式的なもので、実際の開発プロジェクトでは役に立たない。大学では、必要以上に抽象的、形式的なトピックに集中する傾向がある。このため、ユーザインターフェイスプロジェクトに必要なスキルセットを身に付けた学生は、めったに生まれない。

公式には香港は中国の一部であるが、中国におけるユーザビリティ専門家の不足を私が嘆くときに、香港はその中には入っていない。それどころか、香港には活発なユーザビリティコミュニティが存在する。香港のユーザビリティ専門家に充分な資源と権威が与えられれば、彼らが開発プロジェクトを指揮し、チームを訓練して、中国の火付け役になるかもしれない。これは興味あるシナリオだ。

Indian National Association of Software and Service Companies によれば、2008 年には、インドでオフショアの IT 業界に従事する人は 400 万人、輸出益は 630 億米ドルに達すると予想されている。定番となった私の親指の法則 — プロジェクト資源の 10 %をユーザビリティに割いて、確実に高品質な製品を — を適用すれば、先の予想をクリアするには、この先 6 年間で、インドだけでも 40 万人のユーザビリティ専門家を養成する必要がある

本当に熟練したユーザビリティ専門家になるには、長い時間がかかるから、オフショア諸国で必要となる膨大な頭数は、当分満たすことができないだろう。いずれは可能だろうが、時間がかかる。

根本的問題: 遠隔地からのユーザビリティデザイン

現地の公共機関や企業の管理者がユーザビリティへの投資を決意すれば、専門家の養成は実現するだろう。だが、オフショアデザインにはもっと根深い問題がある。それは、インタラクションデザイナーおよびユーザビリティ専門家と、ユーザが離れていることだ。ユーザ中心設計では、頻繁にユーザにアクセスすることが求められる。回数は多ければ多いほどいい。

オフショアプロジェクトにとってひとつの解決策は、メインとなる 2 つのユーザビリティ手法のバランスを変えることだ。すなわち、ヒューリスティック評価を増やし、ユーザテストを減らすこと。それでも、何らかのユーザテストはやらざるをえないから、これを実現する方法が必要だ。また、優れたヒューリスティック評価を行うには、担当するユーザビリティ専門家が、ユーザビリティ原則に関する深い知識を備えている必要がある。これは、ユーザ行動を幅広く観察することによってのみ獲得できるものだ。そのため、ユーザテストの場数を踏んでいないユーザビリティ専門家にデザイン評価をやらせても、それほどうまくはいかないだろう。

同じことがインタラクションデザイナーにも言える。この分野における専門能力を磨くには、ユーザ行動を頻繁に観察することがひとつのポイントとなる。だが、この機会がオフショア地域では少ないのだ。過去の経験から、海外ユーザ向けのデザインは難しいことがわかっている。よって、オフショアのインタラクションデザイナーにとっては、文化的、言語的な違いのせいで、困難な仕事がなおさら難しくなっているわけだ。

現地のユーザでテストを実施すれば、ユーザテスト不足を補えるかもしれない。だが、このような代替ユーザが、ターゲットユーザと同じ行動を取る可能性は低い。イントラネットや専門性の強いウェブサイトなら特にそうだ。どんな人間でテストしても見つかる問題というのが、必ずいくらかはある。人間とコンピュータとの、まったくのミスマッチが原因となって起こるユーザビリティ問題は数多いのだ。だが、それ以外のユーザビリティ問題は、本物の、代表性のあるユーザで行う必要がある。

ここでの唯一現実的なソリューションは、遠隔地でのユーザビリティテストに注力することだ。オフショアのユーザビリティ専門家が、離れたところから、地元のラボにいるターゲットユーザをテストするのである。私は、ユーザと同じ部屋に進行役が同席するテストの方が好きだが、優れた専門家の中には、マジックミラー越しの観察室に座るのを好む人も多い。どのみち違う部屋にいるのなら、1 万マイル先から、ブロードバンド接続経由で観察していても同じことだ。そう遠くないうちに、ガラス越しに見るのと遜色ない映像を実現するマルチメディア接続が可能になるだろう。

遠隔地テストは、従来の国際ユーザビリティテストでも、すでに利用されている。オフショアユーザビリティでは、これに手を加えて、各テストセッションを大勢のユーザビリティ専門家で観察できるようにしておくといいだろう。テストセッションを講堂の大スクリーンに投影するのも一法だ。通常、ユーザビリティテストの目的は、デザインの改善にしかない。進行役のプロとしての成長は、測定すらできない単なる付随効果でしかないわけだ。だがオフショアプロジェクトでは、ターゲットユーザを観察する機会はまれであり、各調査から、教育的恩恵を残らずしぼりとるようにすべきだろう。このようにして、ターゲットユーザの行動を理解するうちに、オフショアユーザビリティ専門家も、デザインの評価能力を高められるはずだ。

オフショアでのウェブプロジェクトが伸びれば、合衆国やヨーロッパにもニッチ産業のチャンスが生まれてくる。企業は、観察室も、テスト進行役もなしにユーザビリティラボを運営できるのだ。テストセッションを、オフショアの現地に投影する能力さえあればいいわけだ。

2002年9月16日

公開:2002年9月16日(原文:2002年9月16日)
著者:Jakob Nielsen
原文:Offshore Usability

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