ユーザビリティのROI、落ちてはいるがまだ十分に高い
ユーザビリティを改善することによるビジネス指標の向上率は、現在、平均で83%である。6年前に比べるとかなり低い。それでも、収益の割に費用が安いため、ROIは高いままである。
6年前に行ったデザインプロジェクトの調査で、ユーザビリティの改善が主要業績評価指標(KPI)を平均135%向上させることが明らかになった。最近同様の調査を行ったところ、平均値は83%で、ユーザビリティの投資対効果(ROI)が小さくなっていることが判明した。費用はほぼ一定を保っているので、収益が下がったということになる。
どちらの場合も、ユーザビリティの改善で10個以上の指標に効果がみられたデザインプロジェクトの数値、いわゆる“外れ値”は除外して算出している。そのような極めて高い向上率を示したプロジェクトが全体の12%ほどあったが、少し控え目に、小さい(けれども十分な)向上率を示した大多数のプロジェクトに的を絞ることにした。
調査レポートでは、数々の事例を、改善前後のスクリーンショットも交えて詳細に、具体的な指標の測定方法と併せて紹介している。
よく使われる業績評価指標は以下のとおりだ。
- コンバージョンレート。売上や見込顧客を生み出した割合など
- 訪問者数。ページビュー統計など
- ユーザ・パフォーマンス。主要なタスクを実行するのに要する時間など
- 主要機能の利用率。重要な情報へのリンクをクリックしたユーザの数など
下降線を辿るROI
結果に某かの差がみられることを期待するに足るだけの時間、6年という十分に長い年月を経て二度目の調査が行われた。そして実際に、差が確認されたのだ。グラフは、ユーザビリティのROI と題した2本の調査レポートから結果を転写し、比較できるように並べたものである。横軸には各ケーススタディを(向上率の低かったものから順に並べてある)、縦軸には各ケーススタディの向上率をとった。
対数目盛を使っているのは、いくつかのケーススタディで確認された高い向上率を示したかったからだ。(対数目盛ではゼロを表せないため、向上率ゼロのケースは1%としてある。)
向上率が高いところで一部逆転してはいるものの、赤線(最近のデータ)は、青線(6年前)よりも概ね下方にある。つまり、最近検証したケーススタディの向上率は、過去のケースよりも概して低いということだ。ただし、かなり高い向上率を示すケースが、どちらの調査でも若干数ずつ確認されている。
2つのデータセット間にみられる差が、実際の差ではなく、不規則変動によるものである確率は、p = 8%である。差を有意と認めるにはp = 5%以内とされることが多いが、8%は5%にかなり近いということで、この差は辛うじて有意であると結論づけることにしよう。
つまるところ、ユーザビリティの改善により期待できるサイトの向上率は、6年前よりも小さくなってきているということである。
(イントラネットはこの調査に含まれていないが、ユーザビリティの改善がイントラネットの評価指標の向上に寄与しているかどうかを調査してみたところ、同じ傾向にあることが確認された。容易に実現できる飛躍的な向上は既に享受してしまっていて、新しいプロジェクトでは目を見張る利益を期待できないのである。中規模クラスの企業が、イントラネットのユーザビリティをそれなりのレベルにまで上げて生産性を高めることで実現される節約は、年間で1480万ドルにもなっていたが、これは今では“たったの” 540万ドルである。もちろん、費用は100万ドル程度なので、まだ取り組む価値はある。)
向上率が下がってきたのはなぜか
ユーザビリティの改善により期待できる向上率の低下には、次の2つの理由が考えられる。
- ウェブユーザビリティの失われた十年(およそ1993年~2003年)を象徴する本当に酷いウェブサイトから、収穫しやすい果実のほとんどを既に収穫してしまっている。初期のウェブデザインはお粗末なものばかりだった。スプラッシュページ、何も見つけてくれない検索、これ見よがしのグラフィックなどが幅をきかせていた頃だ。その頃のデザインが役立つことがあったとしたら唯一、そのあまりにも酷い出来のおかげで、ユーザビリティに携わる人間がいとも簡単にヒーローになれたことだ。小規模な調査でも、改善の余地が際限なく見つかるのが当たり前だった。
- ユーザビリティにかかる費用はさほど上がっていない。ウェブの発展と共に上がることはなかったのだ。レポートに詳しく書いたように、デザインのライフサイクルにユーザビリティを組み込むだけの見識を持つようになった企業がユーザビリティに割り当てるリソースは、ここ10年の間に、プロジェクト全体の10%前後に落ち着きつつある。以前よりも多くの企業がユーザビリティを考えるようになっているのも事実だ。しかし、より高いレベルでデザインを改善していくことが一層求められるようになっているにもかかわらず、それぞれのプロジェクトが多くの予算を獲得できるようにはなっていない。
最初のドットコムバブル最盛期、コンバージョンレートは平均1%だった。今、それが2%になった。一つ目のユーザビリティ評価指標であるコンバージョンレートは、10年で実に2倍になったのである。
さらに倍に、つまり4%に上げることが果たしてできるだろうか? ほぼ間違いなく、できる。2000年に既に2%のコンバージョンレートを達成していた出来の良いeコマースサイトがあったように、4%を実現しているサイトが既にいくつかある。
4%まで上がったら、さらに 倍にできるだろうか? おそらく。よくデザインされたサイトなら、コンバージョンレートを8%まで上げられるだろうし、本当に優れたサイトはさらにもう少し高い数値を実現できると考えて良いだろう。2%から4%、8%と倍々に上げていくには、そのたびに10年かかることになるかもしれないが。
コンバージョンレートの平均が10%を大きく超えるようになるとは考えにくい。理由は単純で、インターネットのユーザは、購買前に複数のサイトを比較するからである。また、“買い物をする”という意識を持つまでに至っていなくても、商品を探したり、ただ眺めたりするユーザが大勢いると考えられるからでもある。
ロイヤルティーの10年
ウェブサイトの成功度を測る計算式と各変数の意味を以下に示す。
B = V × C × L
- B = サイトを通じて達成されたビジネスの価値
- V = サイトを訪れたユニークビジター数
- C = コンバージョンレート(顧客に転じた訪問者の割合)
(注:コンバージョンの考え方は、eコマースサイトのみではなく、ユーザに何らかの行動を期待する各種のサイトに適用できる。) - L = ロイヤルティーレート(繰り返しサイトを訪れてビジネスを行ってくれる顧客の割合)
もちろん、考えられる変数は他にもある。買い物カゴの大きさや人気商品の限界収益性などだ。しかし、ウェブサイトの成功は、以上3つの数字を掛け合わせることでおおよそ弾き出せる。
掛け算なのだから、結果をある一定割合大きくしたいと思ったら、同じ割合だけ3つのうちいずれかの因数を大きくしてやれば良い。どれを大きくしても、結果は同じになる。
サイトのビジネスを2倍にするには、ユニークビジター数を2倍にするのが一つの方法だ。しかし、これはかなり高くつくだろう。2倍以上 の広告費が求められるからだ(既にもっとも確実なキーワードで広告を打っているとすれば、確度の低いソースや費用のかさむソースを使ってユーザを引っ張ってくるしかないのだから)。
コンバージョンレートを2倍にして、ビジネスを2倍にする方法もある。そのための費用は、2000年頃の安さは無理にしても、まだ比較的安い。我々の調査結果によれば、開発予算の10%をユーザビリティに投資することで、コンバージョンレートを83%上げられる。ということは、開発予算の15%以下の投資でおそらくコンバージョンレートを2倍にできるだろう。広告予算を倍にするよりも、開発予算の15%をとってくる方が大概は安く済む。
しかし、コンバージョンレートを2倍、さらに倍、と上げていくうちに、成果を上げ続けるためにとユーザビリティに投資する額が現状よりもずっと大きくなる時がやがて来るだろう。顧客を満足させるための至妙な技が必要とされるようになる。現在もっとも優勢な、時間もお金もかからないユーザテストのような手法では、そんな技は到底見つからない。
ロイヤルティーレートを上げることが、ウェブサイトのビジネス指標を確実に上げるための最上策だと気づく日が遠からずやってくるだろう。ウェブサイトユーザビリティの専門家にとって、2000年~2010年がコンバージョンの10年と呼べるとしたら、2010年~2020年はロイヤルティーの10年になるのではないだろうか。
残念なことに、ロイヤルティーに関する調査やロイヤルティーの向上を狙ったデザインの評価には、より高価なユーザビリティ手法が必要になる。ユーザに友好的とはとても言えないかつてのサイトからユーザが顧客に転じるのを阻害していたものを取り除くのに役立ったような安価な手法では足りなくなるのだ。たとえば、ラボで実施したテストの結果を補うべく、ユーザビリティ専門家はフィールドリサーチもやらなければならなくなるだろう。ユーザテストをするときも、次世代ユーザのニーズを適切に理解するために、これまでよりもずっと深く切り込んでいかなければならなくなる。
向上率が低下し、ユーザビリティにかかる費用が上がるとなれば、ROIはどうなるだろうか? ROIは、利益(向上率)と投資(費用)という2つの数字で決まる。どちらの数字も望ましくない方に動くとしたら、ROIは必ず低くなる。
ユーザビリティのROIは今のところとてつもなく大きい(10%の投資で、83%の利益が見込める)ので、今後も下がるばかりだろう。それでもしばらくは、投資の価値あり、と経営陣の目には映るだろう。ユーザビリティに投資を続けても、他にお金をかけたときほどのROIを見込めないというときがやってくるのは確かである。しかし、それはおそらく20年か30年は先のことになるだろう。