企業サイト上の投資家向け情報

個人投資家はあまりにも複雑なIRサイトに怖気づき、財務データのシンプルなサマリーを欲しがっている。個人投資家も投資専門家も、共に必要としているのは、企業自体のstoryとその投資ビジョンである。

投資家向け広報(IR)は企業のウェブサイトの標準的なコンポーネント、「ビッグ4」の1つである(他の3つは広報活動(PR)と採用情報、「About us(会社情報)」)。今の時代、投資家はwww.company.com(企業のウェブサイト)に行けば、現在、あるいは潜在的な投資についての情報がなんでも得られると思っている。

企業は投資家を引きつけ、そして引き留めるためにIR情報を提供しなければならないが、ユーザが一番求めているコンテンツや機能が何か、ということについては現実的になる必要がある。理解しにくいデータの中でユーザをおぼれさせるよりは、シンプルなデザインで企業についての一貫性のあるstoryを提供する方が良いからである。

ユーザビリティ調査

企業サイトのIR情報のユーザビリティを評価するため、アメリカ、イギリス、中国の5都市(ニューヨーク、ボストン、サンディエゴ、ロンドン、香港)で2回のユーザ研究を実施した。我々がこれらの都市を選んだ理由は、どの都市も投資ビジネスの中心地、且つ多くの大企業の所在地であることによる。

テストしたのは合計63人、35人の個人投資家と28人の投資専門家(機関投資家、金融アナリスト、経済ジャーナリスト)である。通常、我々は調査協力者の男女比を1:1にしようとするが、投資業界の現状を反映して、今回調査では参加者の73%が男性となった。

使用したユーザビリティ調査手法は以下の通りである:

我々は、テストユーザがさまざまな産業や国にまたがる52の企業のウェブサイト上で投資に関連するタスクを実行している間、その様子を観察した。また、より多くの産業からの知見を得るため、別途、42のウェブサイトのレビューも行った。したがって、今回の我々のアドバイスは94の企業のIR情報の評価がベースになっている。

投資専門家

我々がテスト対象としたのは、以下の3つのカテゴリーの専門家である:

  • 投資信託会社やその他大規模な投資を行う会社で働く機関投資家
  • 投資のアドバイスをする金融アナリストとアドバイザー
  • 業界紙や大手の新聞に金融についての記事を寄稿するジャーナリスト

こうしたプロフェッショナルユーザの全員が同一の一般的結論に至っている。それは大部分の財務データに関して、企業の自社サイトはあてにならないということである。その代わりに彼らは勤務先の会社が会員になっているBloomberg、Reuters、First Callといった専門サービスを利用している。投資専門家は大量の財務データを自分自身のモデリングツールや表計算ソフトにダウンロードする機会が多い。そのとき彼らは単一の情報ソースから標準化されたフォーマットのデータをダウンロードすることを好む。それによって複数の企業の比較が容易になるからである。

これは企業が自社のウェブサイトにIR情報を載せる際、投資専門家を無視して良いということではない。これが意味するのは、企業サイトは投資専門家の情報ニーズを満たすという点に関しては、二次的な役割しか果たせないということを受け入れなければならないということである。

プロフェッショナルユーザは企業サイト上の宣伝やマーケットに偏った情報を嫌悪している。だが、おもしろいのは、それでもなお、その企業の目標や見通しを説明したCEOの最近のスピーチのような内容を通して、企業の「裏話」が得られることは評価している。専門家が欲しいのは、企業についての簡潔な背景情報と最近のニュース、そして、その企業がどこに向かっているかという経営陣のビジョンである。基本的に、彼らが求めているのは数字の裏にある、その企業の過去と現在、未来の要約なのである。

個人投資家

一般には個人投資家は専門的なデータサービスを利用できないので、証券会社やYahoo Financeのようなサービスからデータを入手することが多い。

個人投資家の多くは膨大な量の財務データに怖気づいてしまうが、この傾向はデータがこういった簡略版のサービスから得たものであったとしても変わらない。彼らは年次、あるいは四半期のレポートがウェブサイトで公開されているのを当然と思う一方で、それを読むのにほとんど時間をかけていないことは認めている。

我々のアイトラッキング調査から得られた以下のゲイズプロット(視線描画)が示すように、ユーザはテキストの密集する部分はほとんど見ておらず、リンクのリスト部分に集中して視線を送っている。また、ページの下半分にある情報より、スクロールしなくても見えるところに位置する情報を見るのにかなり多くの時間を費やしている。

投資家に向けた情報のページを読んでいるユーザのゲイズプロット(視線描画)。青い点のそれぞれに書かれている数字はユーザの視線の停留時間を示す。
投資家に向けた情報のページを読んでいるユーザのゲイズプロット(視線描画)。
青い点のそれぞれに書かれている数字はユーザの視線の停留時間を示す。

個人投資家のためには、シンプルな表示形式の財務データと、ハイライトの要約を用意すると役に立つ。さらに詳細なデータも提供する必要があるとはいえ、必要不可欠な株式情報を1ページだけにまとめたサイトはユーザからポジティブな評価を得ている。

また、個人投資家はその企業が、投資対象として可能性がありそうかというstoryも求めている。主に知りたいことはこうだ。その企業の発祥はどこか。今、何をしているのか。どこが革新的で、今後はどのように研究開発を進めていこうとしているのか。そして、どういうビジョンを持っているのか。しかしながら、気をつけなければいけないのは、信用できる興味深く簡潔な記事というのは、大げさなマーケティング用語で人々のブラウザを埋め尽くすものではないということである。両者の差は紙一重かもしれない。しかし、投資家にあなたの会社のビジョンを納得してもらいたいのなら、この違いは重要だ。

標準的な情報アーキテクチャ

プロジェクトのほとんどで我々が提供するのは、インタラクションデザインと情報デザインの原則についてのガイドラインである。たいていの場合、特定のサイトストラクチャを推薦することや、ナビゲーションシステムのラベルを指定したりすることは不可能なのである。以下のような例について考えてみて欲しい。ある企業は歯科医向けに5種類のX線装置を販売しているが、もう1つの企業はOEM向けに1万種類のポンプとバルブを販売している。この2つの会社のサイトの製品情報のエリアには、かなり異なるIA(情報アーキテクチャ)が必要になる。

対照的に、株主や投資家予備軍は、その会社がどんなタイプの会社であろうと、共通のタスクを持って、サイトのIRエリアにやってくる。ユーザのニーズを満たすために提供されなければならない情報もかなり似通ったものになる。

ウェブサイトのIRエリアというものに関して、ユーザとそのタスクは重なりあう部分が多い。したがって、調査でのユーザの情報ニーズとナビゲーション行動をベースに、標準的IAを推薦することは可能と思われる。全てのウェブサイトが我々のアドバイス通りにIR情報をまとめれば、投資に関わる情報の調査はかなり簡単になるだろう。

その企業がオンライン上でのIRにどれだけ力を入れるかによって、実際には、3つの異なった、しかし関連のあるIAを推薦したい。ここでは、デザイン度が低、中、高と進むに従って、ユーザ調査から得られたプライオリティ順に機能が追加される。資金が限られる場合、ユーザが最も必要とする機能に注力し、それをうまく実装するのが一番である。その方がまずいデザインの機能を数多く取り入れ、サイトを混乱させてしまうよりも良い。

多くの企業が「マクロなIA」という分野、すなわち、複数のサイトやサブサイトを通して、情報を配信し、統合するというやり方で失敗している。Peter Lynchの「知っているものに投資せよ」というアドバイスに従う人は多いが、あるブランドを知ってはいても、どうやったらそのブランドに投資できるのか、ウェブサイトを見てもわからないという投資家予備軍は多い。そのブランドの親である会社への投資について、ブランドの製品のマイクロサイト(あるいはフルサイト)が、将来の株主になんの情報も提供していないようなことが普通になってしまっている。

シンプルな情報デザイン

IRエリアで悩ましいのはPDFである。PDFを使えば、オンライン上で年次レポートを公開するのにコストがかからないから使われるのだろう。たしかにレポート全体をダウンロードできればユーザにも便利だし、自分でプリントアウトしてくれれば、企業がリクエストに応じて印刷物を郵送するより経費も大きく節減できる。しかし、短い時間で重要な情報を理解させるために必要なのは、シンプルなフォーマットであり、ユーザに対して、インタラクションよりも印刷に最適化された資料の全ページを見るのに時間をかけるようなことは要求してはならない

我々のスタディでも、インタラクティブな株価チャートはかなり評価が高かったが、操作が難しいため、見たいと思っていた全体の概要版に行き着けない人が多かった。個人投資家に使いやすくするには、グラフの機能やラベルはシンプルにしなければならない。どのみち、専門家は自分たちのハイエンドな分析ツールを使うのだから。

IRのユーザビリティの変化

我々は2回にわたってラボベースのテストを実施したが、1回目のテストは6年前のものなので、2回のテストの間にIRのユーザビリティがどのように変わってきたかを評価することが可能になった。実際には、2回目のスタディの結果は1回目のスタディと、それほど変わらない。投資家のIRサイトへのアプローチも同じようなものだ(もちろん、我々が調べたのは、投資家がウェブ上で企業のIR情報をどのように使っているか、どうすればそうしたサイトが使いやすくなるか、あるいは使いにくくなるか、についてであり、彼らが市場に対して、強気の観測をしているか、弱気の観測をしているか、ではない)。

最初のスタディの時に比べ、決算発表やアナリストデー(専門家向けに詳細な財務報告をする日)、それに類似したイベントのウェブキャストはかなり普及してきた。現状ではユーザはウェブキャストを良いアイデアとは思っているが、じっと座ってそれを見ることはめったにしていない。あるユーザは言っていた。「時間は貴重だ。ウェブキャストだと次にどんな内容が出てくるかわからない」

しかしながら、ユーザはウェブキャストを通して、経営者を、言ってみれば、目で見られることについて評価している。あるユーザが言うには、「たいていはまずQ&Aセクションを見る。そこに要点が出ていることが多いからね。(中略)一問一答コーナーの良い点は、ここが唯一、経営陣を質問で困らせることができる箇所ということだよ。あなたはこうするつもりですか、それとも、ああするつもりですか、とね。そのやり取りからニュアンスを探るのさ」 この引用から明らかになるのは、録画されたウェブキャストはひとつながりの映像というよりも、インタラクティブなメディアとして扱うことが重要だということである。つまり、録画したものを内容ごとにチャプター分けし、その各々に見出しをつけて、ユーザがクリックで特定の内容にジャンプできるようにした方が良い。

他にも変化したことといえば、ウェブ上でのビデオへの受容性がかなり高まったことである。長いビデオクリップが嫌がられることに変わりはないが、短いビデオ上での表情や声の調子、しぐさ等を通して、経営者がどんな感じの人物かをユーザは感じとりたいと思っている。

いまだに、多くのユーザが好む旧式のテクノロジーもある。それはばかにされがちなPowerPointスライドのことだ。あるユーザは言う。「このビデオを見ると28分もかかるけど、(スライドなら)全部見るのに5分で済む。可能なら、プレゼンテーションの映像は分割してオンラインに載せて欲しいね。オンライン上での説明はもっとわかりやすくしてもらわないと。それには短くすることだよ」

ウェブでのIRの可能性

IRはウェブへの適応性が高い。オンライン上での証券取引サービスの成長が示すように、投資は情報がすべてである。ウェブ上でセルフサービスで作業してもらうことで、企業も多くのIRサービスを大幅に削減したコストで提供することは可能である。ただし、そのためにはユーザインターフェイスが十分に使いやすいことが条件になる。

個人であれ、専門家であれ、投資家は第三者機関が提供できる単なるデータ以上の情報を欲しがっている。彼らが欲しいのは、企業独自のstoryと投資についてのビジョンである。しかし、複雑な、あるいは関係のない情報の中から必要な情報を苦労して探し歩くことはしたくない。これらすべての要素をうまくバランスさせることがIRのユーザエクスペリエンスのチャレンジになる。シンプルな中にビジョンを示し、反感を買うことなく関係も構築しなければならない。相手は専門家とほとんど金融知識のない人々の両方だ。このバランスを達成するには、ユーザのニーズに焦点を合わせたウェブデザインにするしかない。

さらに詳しく

IRのユーザビリティを向上させるための103のデザインガイドラインを含む202ページのレポートの全ページがダウンロード可能である(有料)。

ウェブサイト上での投資家情報のような専門的な題材の書き方について、一日上級編チュートリアルクラスをサンフランシスコ、ニューヨーク、シドニーでのUsability Week 2009会議において開催予定。(有料)。

2009 年 05 月 25 日