インターネットとWebはイコールか?

インターネットはウェブだけにとどまらない。それが本来向いていない対象にまでウェブを適用し、インターネットとのインターフェイスをこれ一本で押し切ろうとする人が出てくれば、ユーザビリティの障害になるだろう。

簡単に定義してみよう。

  • インターネットのおかげで、世の中のどんなコンピュータでも、世界中の他のコンピュータとデータの交換ができるようになった。その結果、あるコンピュータに搭載されたクライアント・プログラムから、他のコンピュータ上のサーバにアクセスできる
  • ウェブハイパーテキスト・システムであり、インターネット上の一サービスとして動作している。この結果、ユーザはどんなコンピュータの前に座っていても、世界中どんな場所にある文書でも閲覧できる。さらに、これらの文書は、世界のどこにある文書ともリンクできる。

ウェブをハイパーテキストとして考えるなら、そこにはナビゲーション補助機能が必要になるだろう。また、ハイパースペースを動き回るにあたって、ユーザは常にこれらのナビゲーション機能に頼るようになるだろうということも予見される。言い換えれば、ハイパーテキストならではの問題、すなわち広大な情報空間をナビゲートして、情報を探し、読むという問題に最適化された特別のユーザインターフェイスが存在するということだ。今日のウェブブラウザは、理想的なハイパーテキスト・インターフェイスというには程遠いものだが、それでもBackブックマークといった機能を備えていて、ユーザはすぐにこれらに慣れ親しむようになる。

ハイパーテキストの閲覧に最適化されたユーザインターフェイスが、同時に、人がコンピュータでやりたいと思うその他のどんなことに関しても最適であるなんてことはありえない。よって、あらゆるインターネットサービスの唯一、かつ汎用的なインターフェイスとしてウェブを利用しようしたところで、結局は、ブラウズというタスクに関して理想とは言いがたいハイパーテキスト・インターフェイスになるか、あるいはブラウズ以外のタスクについて理想的とは言いがたいユーザ・インターフェイスになるのが落ちである。

電子メールがいい例だ。これはインターネット最初のキラーアプリであり、しかもウェブ・ブラウジングとはかなり異なったユーザインターフェイスを要求した。ウェブブラウザから電子メールにアクセスするサービスも存在するが、EudoraやOutlookのようにスムーズなデザインを施された電子メール・インターフェイスに比べれば、その操作感は明らかに2級品である。

ホーム・バンキングや航空券の予約といった、その他の人気あるインターネット・サービスについても同様のことが言える。同じ機能をウェブブラウザに無理やり押し込んだものに比較すれば、最適化された単独のアプリケーションの方が、優れたユーザ体験を提供できる

当然ながら、こういった単独のアプリケーションはインターネット対応でなけらばならないし、ファイアウォールや、暗号化、その他インターネット接続にまつわる実際上の問題を解決していなくてはならない。長期的な解決策としては、現状のシンプルなIPトランスポート以上の、もっと高度なインターネット・サービス層をオペレーティング・システムに組み込んでおくことだろうが、実際にそうなる可能性はかなり高い。

単独のアプリケーションには欠点もある。

  • 利用する前にダウンロードしなくてはならない。いったんダウンロードしてしまったら、その後のレスポンスはウェブ・ブラウザよりはるかに高速にできる。サーバとのデータのやり取りを最小限に押さえられるからだ(ウェブ・インターフェイスでは、各データ群と同時に、ページレイアウトと動作指定をダウンロードしなければならない)。ゆえに、単独アプリケーションにして意味があるのは、繰り返し行う必要のあるタスクに限られる。1回きりのタスクなら、今すぐに仕事を開始できた方がよい。ぎこちないユーザインターフェイスと、反応時間の遅延は我慢できる。
  • それなりの利用者数を獲得した新しいコンピュータ・プラットフォームが登場するたびに再インプリメントしなくてはならない。これは、必ずしも重労働というわけではない。最近のプログラミング言語、スクリプト言語の中には、クロス・プラットフォームのものもあるからだ。とはいえ、新しいプラットフォームには、いずれも独自の要求項目がある。デスクトップ・コンピュータ用のアプリケーションを手のひらサイズのコンピュータに移植する際には、ユーザインターフェイスの再デザインが欠かせない。たとえコードが移植可能であっても、デザインはそうはいかない。このため、ある程度の再インプリメントは避けることができない。頻繁に利用するアプリケーションなら、こうした再デザインを通じてユーザ体験を最適化しておけば、得るところも大きいだろう。だが、めったに使わないアプリケーションだと予算的に見合わないだろう。そういう場合は、もっとも広く利用されているプラットフォームにのみ対応しておくか、あるいは不便を承知でウェブ風のインターフェイスで我慢するかということになる。
  • 管理とアップグレードが、専用のアプリケーションの欠点として挙げられることが多い。だが、必要に応じて自動的にアップグレードするコンポーネント・ソフトウェアにしておくことも可能なはずだ(こうしておけば、コードの10%しか変更されていないのに、全部のダウンロードを求められるなどということはなくなる)。さらに(ユーザがそのための権限を認めてくれるなら)リモートで管理することも可能だろう。

様々なインタラクションの中には、もともと文書に似た性質を持っているために、アプリケーションとして考えるべきではないものもある。ユーザの主要なインタラクションが情報の閲覧にあるのなら、ハイパーテキスト風のユーザインターフェイスでいいのだ。CarPointの価格計算機がいい例だ。OCXコントロールを組み込んでウェブページ上にいくつかの機能を装備しながらも、ハイパーテキストとしての範疇を踏み外していない。そんな感じをまったく抱かせないのだから、コードが動作しているかどうかなんて、誰も気にしない。

Microsoft's CarPointサービスのスクリーンショット
クリックしてオプションをオン/オフするだけで、CarPointユーザはいろんな組合せで車の価格を決めることができる

CarPoint Auto-Pricerでチェックボックスをクリックしても、ウェブページ以外には何の影響もおよぼさない。ユーザは車を購入するのではなく、単にオプションを眺めているだけだからだ。それでもやはり、現在選択したオプションを元にして価格を再計算するというのは、たいへんよいアイデアだ。価格計算機はコンテンツ面の特色であって、機能的特色ではないからだ。このために、ウェブページ内に埋め込んでもうまくいくのである。私の好みから言えば、車の価格を表示するインターフェイスには、もっとしっかりハイパーテキストに根ざしたデザインを採用するだろう。各オプションにリンクを付け、その説明とレビューを掲載した第二のページへ飛ぶようにしておくのである。

機能的特色を必要としたとたんに、様々な問題が起こる。この中には状態遷移や複数のビューといった問題が含まれる。最近のウェブでもっともよく見受けられるユーザビリティ上の問題のひとつに、Backボタンが効かなくなるというものがある。これはサーバ上で、以前のページのビューが無効になってしまったために起こる。中には「Backボタンには触らないように」という警告を、ページ上に大きく掲げているサイトもある。これはうまくいかない。Backボタンはすっかりユーザの慣習として定着しているため、あなたが何と言おうと、ユーザはついついそこに手が伸びてしまうのだ。思い出して欲しい。いかなるウェブサイトといえども、ウェブという宇宙から見れば取るに足りない一つまみの塵に過ぎない。何百という他のサイトを閲覧しているうちに形作られた習慣を曲げることはできない。

そろそろウェブが万能ではないということを悟るべき時期だと思う。それでも、よいユーザインターフェイスは維持できるのだ。ウェブには、それが得意とするところだけをまかせよう。それは、ハイパーテキストの閲覧(複雑な機能のない動的コンテンツを含む)だ。そして、インターネット対応のクライアント-サーバ・アプリケーションの構築に取りかかろう。クライアントに、最適なユーザインターフェイスを提供するのだ。以下のような高度なアプリケーションにおいては、ウェブは、まだ限られた役割しか果たせないだろう。

  • そのサービスへたどり着くまでのナビゲーション、さらにいえば、そもそも、そのサイトをどうやって見つけるか
  • ヘルプ、もしくは補足情報
  • 機能的に制約があって不便な副次的インターフェイス。専用のクライアント・ソフトウェアがインストールされていないコンピュータで、短期的な利用に供する

1998年9月20日

公開:1998年9月20日(原文:1998年9月20日)
著者:Jakob Nielsen
原文:Does Internet = Web?

分類キーワード