ハードウェア仕様 vs. ユーザーエクスペリエンス
製品の質は人がタスクを行うという状況で判断されなければならない。また、レビューで重視すべきは実際の利用であって、生の数字ではない。
このところ、いくつかの製品レビューにがっかりさせられ続けている。それらは主にハードウェアの仕様に焦点を当てたもので、ハードウェアの要素がユーザーエクスペリエンス全体にどういった影響を及ぼすかは評価していないのだ。
ほとんどの場合、ハードウェアそのものは、ソフトウェアや、ソフトウェアとハードウェアの統合の質ほど重要ではない。
例えとして、2人のアメフト選手についての与えられた情報が、ベンチプレスでどのくらいの重量を上げることができるかだけだったとしよう。もしどちらがアメフト選手としてより優れているかを賭けなければならないとしたら、きっとより多くの重量を持ち上げることのできるほうを選ぶのではないか。結局のところ、運動選手は力が強いほうが非力であるよりはいいからだ。しかしながら、優れた選手を選ぶのにベンチプレスの数字だけで判断するというのは実際には酷いやり方である。他にもその選手達のスピードや敏捷性、耐久力も知りたいと思うだろうからだ。さらに、最も重要なこととして、試合で彼らがどのようにうまくプレーするかを知りたいと思うのではないか。
ハードウェア(ベンチプレスでの力強さ)はソフトウェア(試合でのプレー能力)ほど重要ではないのである。
では、最近発売された2つのタブレット、MicrosoftのSurfaceとAppleのiPad miniについて見てみよう。
Microsoft Surfaceの画面の品質
新発売のMicrosoftのSurface RTタブレットとAppleの4代目iPadではどちらの画面が優れているだろうか。ほとんどのレビュー担当者は単にピクセル数とピクセル密度の機能比較をしていたが、そこではAppleがこの両方のスペックで勝利を収めていた。
Wiredはこのルールに対する名誉ある唯一の例外だった。つまり、そのレビュー担当者たちは2つの画面の実際のユーザーエクスペリエンスを比べるシンプルなユーザビリティの実験を行ったのである。厚紙を使って、ロゴ等、ブランドが特定できる情報を遮蔽した後、レビュー担当者達は9人のユーザーに被験者内実験で両方のタブレットを試してもらった。その結果は:
- 100%の人がウェブページを読むのにiPadのほうを好んだ。
- 67%の人がビデオを見るのにMS Surfaceのほうを好んだ。
残念なことに、レビュー担当者たちは読解スピード等のヒューマンファクター指標は計測していない。間違いなく、ずっと定量的ユーザビリティ調査のほうが費用がかかるからだろう。例として挙げると、我々のタブレットでの読解調査では32人のユーザーテストをしたが、それでも、iPadとKindleのどちらが速く読めるかについての信頼できる結論は得られなかった。タブレット間の競争にいったい何十億ドルかかっているかを思えば、ユーザーの実際の利用時にどのタブレットが最も良く機能するかについての正しいデータを得るため、必要な(比較的少ない)資金を誰か出してくれたらいいのにとは思うのだが。
興味深いことに、Wiredの限られたデータを元にしても、iPadは読書には最適で、Surfaceはビデオに最適、と結論づけることは可能だ。
私はこの記事ではハードウェアの仕様を軽視しているが、読書に対するiPadの勝利が与えられた仕様から予想したとおりだったことは認めねばなるまい。ピクセル密度が増すほど、速く快適に読めるようになることは周知の事実だからだ。そして、それがここで起きたというわけである。
とはいうものの、Surfaceがビデオ向けに優れているとは予想していなかった。手元にある動画の質についてのヒューマンファクター関係の調査から考えれば、高密度の画面が勝利するはずだったからである。それにもかかわらず、iPadは調査のこの分野で敗北した。もちろん、驚くべき結果が起こるということこそが我々が調査を実際に行う理由ではあるが。Microsoftのマーケティング部門はSurfaceの画面が色の再現性に秀でていると主張している。もしそうなら、そのことによって今回の調査結果は説明できるかもしれない。
結論。PPI(1インチあたりのピクセル数)や色の忠実度のような仕様は実際にユーザーがタスクを行うという状況で判断されなければならない。
iPad mini: タッチユーザビリティ
iPad miniはiPad 1とピクセル数は同じだが、それをより小さな7.9インチ画面に凝縮したものである。レビューではiPad miniの163 PPIとiPad 4の264 PPIがさす意味について論じることにかなりの語数が費やされていた。
理論上予想されるように、低密度画面での読書ははかどらず、不愉快に違いないだろうと私も思っていた。(繰り返すが、判断するのに、実際の読解スピードのデータがあるといいのにとは思う)。
しかし、私の見たレビューではそれ以外のユーザビリティ上の問題はたいてい見落とされていた。iPad miniが縮小されたiPad 1だというふりをしていることによる問題とは、同一のユーザーインタフェース要素を物理的に小さくしたときに、タッチスクリーンのインタラクションが難しくなってしまうことである。凝縮された画面を扱っているからというだけでは、我々の指は小さくはならないし、より正確に動くようになるわけでもないからである。
iPadのアプリケーションは小型化された画面向けにデザインを見直す必要がある。そうでなければ使いづらい。ただそれだけのことである。
同様の課題がウェブブラウジングでも起きている。フルサイズのiPadではうまくいくデザインも、単に表示全体を縮小しただけでは、小さな画面上では利用しにくい可能性もある。
Kindle Fireについてのユーザビリティ調査ではユーザーインタフェースデザインの縮みゆく人間(訳注: 1950年代の米SF映画)理論関連の問題を多数示した。Fireではうまくいかなったのだ。iPad miniでもうまくはいかないだろう。
(映画での間違い・トップ10のリストには縮みゆく人間を入れなかったが、それはこの映画やミクロキッズのような類似作が不正確なアイデアに基づいたものだからである。生き物の大きさを変えることによって、生存可能な生物を作り出すことはできない。つまり、象はPhotoshopで6,300%に拡大されたネズミではないのである。太い足や異なった肺などが必要なのだ。大きな画面と小さな画面を行き来するなら、コンテンツやインタラクションをデザインし直す必要があるのと同じである)。
ボタン等のタッチ可能な要素のユーザビリティガイドラインとは、それは少なくとも1cm四方であるべきというものである。ボタンのピクセル数のことについて言わないのには理由がある。つまり、問題はタッチ可能なアイテムがどう見えるかではない。むしろ、人の指に対してどのくらいの大きさなのかだからである。
重要なのは実際の利用で、数字ではない
仕様に絞ったレビューを書くのは容易だ。挙げるのが数字だけなら、比較表を作るのも容易だからだ。
しかし、重要なのはデザインでどのように実際のユースケースを支援するかだ。コンポーネントの統合が個別コンポーネントの実力よりも重要なことは多い。また、ソフトウェアのユーザーインタフェースのほうがその根底にあるハードウェアよりもユーザーに及ぼす影響が大きいということもよくある。製品の最終テストは人が製品に直面してこそ成立する。仕様の一覧表からでは成立しないのである。