ユーザビリティの問題の三つの側面-(3)快適性

  • 黒須教授
  • 2000年7月17日

快適性の問題は、人間の感情や動機付けに関係したものである。人間もシステム全体を構成する一つの要素であるとする立場から、マンマシンシステムという概念が提唱されているが、その場合、人間の機能的な側面が重視され、操作性や認知性が強調されることが多い。しかし、人間は機能的存在であると同時に、感情の動物でもあり、人間の機能的行動には、感情や動機付けが影響を及ぼしていることを忘れることはできない。

たとえば、WindowsでもMacintoshでも、パソコンはしばしばフリーズしてしまう。こうした時、ユーザはリセットキーを押したり、最悪の場合には電源コンセントを抜くという強制手段をとることを余儀なくされる。しかし、どちらのシステムの場合でも、次にパソコンを立ち上げると、「システムが適切なやり方で終了されなかった」という表示がなされ、「システムを終了する時にはこれこれの正しいやり方をしてください」というようなメッセージが表示される。システム設計者としては、ユーザに適切なやり方を教えてあげているつもりなのだろうが、そもそもの原因はシステムが異常終了してしまったことにあるので、ユーザとしては必ずしも気持ちのよいものではない。

また、パソコンにソフトウェアをインストールしていると、しばしばタスクバーが表示される。このタスクバーは、現在どの程度まで作業が進捗しているのかを教えてくれるものであるはずなのだが、時として、進行速度が一定ではなく、すらすらと進んでいったのに最後のあたりで急にスピードが遅くなり、いつまでたっても完了しないようなことがある。その逆に、ゆっくり進んでいるから、まだ大分かかるのかと思っていると、途中から一気に進行して完了してしまうこともある。また、タスクバーが完了したので作業が終わったのかと思っていると、新たに別のタスクバーが表示され、いつになったら作業が完全に終わるのか見通しがつかないことがある。このように表示に一貫性がなかったり、全体を見通す配慮がなかったりすると、ユーザは苛立ちを感じてしまうことがある。

このように、良かれと思って設計者が配慮したことであっても、ユーザには不愉快な感情を引き起こすことがあり、時には、そうした不愉快さの累積が、アプリケーションの利用を取りやめさせたり、そのマシンの利用を中止させることになってしまったりする。

その意味で、システムの動作がユーザに対してどのような感情を引き起こすのかについて配慮しておくことは必要であるし、また、ユーザがそのシステムを利用して仕事をしようとしている気持ち(達成動機)を阻害しないような配慮も必要なことである。

こうした問題は、主に感性工学という領域でとりあつかわれるものである。ただし、感性工学は、まだ新しい研究領域であり、感性という概念の定義も明確になってはいない。感性工学の中には、感性を製品の魅力に関わる概念と捉え、ユーザの購買動機を高める工夫に力点を置く動きもあるし、製品から受ける印象と捉え、どのようにしてポジティブな印象を形成していくかに重点を置いている研究者もいる。その意味で、感性という概念は、今のところ、一つの意味内容だけを持つものではなく、審美的感覚や感情や動機付けなどの総合的な意味を包含していると考えるのが適当であろう。いいかえれば、これまでの工学的アプローチから取り残された課題を扱う研究領域である、ということもできるだろう。

その意味では、実用的な側面からは離れて、デザインの美しさや格好良さといった審美的な側面、愛着感やかわいらしさといった側面、その製品をもっていることが一種のステータスシンボルになるというような自己顕示的側面などの多様な内容も感性に関係しているといえる。

このように、感性に関わる様々な側面は、製品を機能的に利用する上ではほとんど意味がないものの、そのユーザが人間であるが故に、見過ごすことができない重要なものである。機能や性能が飽和水準に達したような、いわゆる成熟製品においては、こうした側面の相対的重要性がますます高くなってくるといえる。その意味で、感性に関連した諸側面は、広い意味でのユーザビリティを構成する要素概念として、製品の設計に際して適切に取り扱うことが必要である。