「製品」と「商品」

  • 黒須教授
  • 2000年8月25日

以前、ある企業で講演をした際に、「私たちは商品という言葉を使っているんですが、先生はなぜ製品といわれるのですか」という質問をいただいたことがある。確かにそのとおりで、私は基本的には商品という言葉は使っていない。使いたくないといった方がいいかもしれない。

その理由は簡単だ。商品というのは「商いの品」であり、商取引の対象として製品を見ている場合の言い方である。それに対して、製品とは「製造された品」であり、商取引の場面だけに関わるものではないからである。もちろんユーザ工学の観点からすれば、私の関心はユーザの利用場面にあるわけで、その意味では、機器とか器具とか道具といった用語の方が適切かもしれない。あるいは、認知科学や工学などの分野で最近になって頻繁に使われ始めた人工物という表現が適切かもしれない。

さて、商いの品の場合、問題になるのは売れるかどうかである。売れてこそ商品であり、売れなければ商品ではない。営利企業である以上、それは当然のことであり、そうした経済行為がベースとなって我々の日常生活が構築されている以上、そうした面の重要性をないがしろにすることはできない。しかし、商品といった場合、顧客がそれを購入してくれると、売り手と買い手の関係は完結してしまう。極端にいえば、顧客が買った後、それをどうしようが売り手は知らない、ということもありうる。いわゆるマーケティングの分野はそうした商品のあり方を考えるものであり、その意味で、ユーザ工学とは視点が違っている、ということになる。

これに対して私が製造された品という点に注目しているのは、製造の仕方がその製品の使われ方を規定するからである。使いやすい製品であれば、購入した後で使い始めても、積極的に利用されることになり、その製品の目的を達成することができる。反対に、使いにくい製品だと、使われなかったり、すぐに捨てられてしまったりして、本来の目的を達成することができない。その意味で、どのように製造されているかが、ユーザとの関係を決定することになる。

もちろん、製造には、企画、開発、生産、といった幾つかのプロセスが関与しているが、ユーザ工学の立場から重要なのは特に生産プロセスより前のプロセスである。その製品がどのように企画され、開発されるかが、その利用のされ方を決定することになるからである。その際に、どこまでユーザのことを考慮し、人間中心設計のアプローチをとるかが重要なポイントである。

製品については、ユーザ工学以外の観点からも様々な配慮がなされている。たとえば生産については、品質保証の考え方から、その製品の信頼性向上のための方策がとられている。また製造全般の立場からは、製造物責任ということで、販売された後の製品の安全性を配慮するシステムができている。また、販売した後のアフターケアについては、ユーザサポートという観点から、返品制度やユーザ窓口などの体制が整備されている。

もちろん、商品と製品という概念には、それほど際だった違いがあるわけではなく、どちらかといえば、という重点の置き方が違っている程度の違いなのだが、やはりユーザのことを考える場合には、その重点の置き方としてモノのライフサイクル全体を意識した製品という表現の方が適切であるように思っている。

その他にも、機器や器具、道具などという言い方があるが、それはそのモノ自体のことをさす概念であり、どちらかというと利用場面の方に力点が置かれているといえるだろう。ユーザ工学が利用者のことを考えるのであれば、そうした概念の方が適切だとも考えられるが、使い勝手というのは利用場面だけで決定されるものではない。もちろん、出来の悪い製品をユーザが工夫して巧みに使いこなす、ということもあるが、やはりどのように製造されているかの方が重要な要因といえる。その意味で、私は製品という表現の方が適切なように思っている。

また、人工物という概念は、人が手をかけたモノすべてを指す概念であり、製品という概念の上位概念といっても良く。したがって設計開発の担当者がユーザ自身であるような場合をも含むものである。しかし、自分で使うモノを自分で作る場合には、自ずと人間中心設計的なやり方になるはずであり、ユーザビリティの問題は、作る人と使う人が分離している状態で発生することの方が圧倒的に多い。したがって、ユーザ工学の観点からは、人工物という概念は、多少広すぎるということになる。

このような次第で、私はユーザ工学のスタンスから「製品」という言葉を使うようにしているわけである。