交通機関の自動入札機

鉄道の自動改札機やバスのプリペイドカードの機械のインタフェースは、比較的最近になってから開発されたものであるために、多少はそのユーザビリティが考慮されているようだ。しかし、まだ十分とはいえない面が多く、今回は、そのあたりを取り上げてみたい。

まずは認知的な側面から、入札機そのもののユーザーズモデルについて取り上げる。新幹線の自動改札機は、必要なすべてのチケットを一度に入れることになっている。したがって、乗車券と特急券を一枚ずつ入れようとするとエラーになって駅員が飛んでくる。分かりにくいのはJRの小型の切符をもって東京駅にやってきて、そこから新幹線に乗ろうとする場合である。この時は、小型の切符を合わせて三枚を一つに重ねていれなければならない。大きさの違うものを同じところに入れるという発想は、あまり自然なものとは言えず、これで間違いをしてしまったという人が私の周囲に何人かいる。

また、乗降の際には、その改札口が新幹線と在来線の間にあるものか、新幹線と駅の外部の間にあるものかという、駅の構造に関するメンタルモデルとの関わりが問題になる。前者の場合には、新幹線の出口で切符を入れると、乗車券と特急券が分かれている場合は乗車券が、一体になっている場合はその切符そのものが出てくる。それを取らないと出口の扉が開かないというイギリスの地下鉄(乗り口)のような仕組みになっていれば、切符の取り忘れは発生しないだろうが、出口は一般に開きっぱなしになっているために、時々それを取り忘れる客がいて、見張りの駅員が客の後を追いかけることになる。逆に外部に出たときに、いつもの習慣で切符がでてこないと、不審に思って一瞬立ち止まってしまうこともある。

プリペイドカードの場合、地下鉄の青山一丁目駅のように、営団地下鉄の改札から入ってそこから都営地下鉄に乗ろうとすると、営団の駅構内と都営の駅構内の間にある改札口にプリペイドカードを通すと、そこでエラーになってしまい、カードを取り戻して駅員に作業をしてもらわなければならない。これはシステム間のインタフェースの不備といえるだろう。東京や大阪では、同一のプリペイドカードが複数の私鉄で共用できるようになってきたが、その場合には、ある鉄道の構内から別の鉄道構内に移動するときには、カードを通すだけで自然に移動できる。その意味では、似たような状況でありながら、異なるインタフェースが存在している、ということである

プリペイドカードや切符の挿入の向きについても問題がある。最近の自動改札機は良くできていて、たとえば新幹線の改札で乗車券と特急券の二枚を入れる場合、裏と表、正方向と逆方向など、あらゆる組合せを試してみたが、すべて受け入れて処理をしてくれる。これはありがたいと思ったが、バスなどの場合には、厳密に特定の面をむけて、特定の方向に入れないと受け付けてくれないこともある。

たとえば、浜松市のバスでは、表面を運転手の側にむけて入れないといけない。一般にカードや切符については表面を自分に向けてもっていて、それを機械にいれることを考えると、自然な向きというのは、その表面を自分側に向けていれることになる。その意味では浜松市のバスのインタフェースは運転手の都合を考えたためなのか、慣れないと使いにくい。また、都内の地下鉄などでは、カードに矢印が印刷してある。したがって表面を上に向けてその方向に挿入しなければいけないのかというと、そうではない。実験したところ、すべての組合せ条件でカードは通過した。ある認知心理学の先生は、このことを知らずにいつもキチンと表向きで矢印に合わせて挿入していたそうで、どうでもいいということを知ったときに憤慨しておられた。そういうことなら矢印など印刷すべきではない、というわけである。

認知的な面だけでなく、身体的な面でも問題を感じることがある。たとえばJRの自動改札機では、挿入口は右側についている。これは右利きの人の方が多く、右利きの人は切符やカードを利き手で持っているだろう、という仮説にもとづいて決定されたのではないかと想像するが、例えば私の場合、カバンなどの荷物を持っている時、特にそれが重たい場合には、力のある利き手の方でその荷物を持つことが多い。するとカードや切符は左手に持っているわけで、それを右側の挿入口にいれるためには体をひねらなければならない。実際、切符を左手で左側のスロットに入れてしまい、開かない改札口で立ち往生している外国人を見たことがある。

反対に、東京のバスの多くでは、乗車口についているカード読みとり装置は、左側からカードを入れて右側からそれを取り出すようになっている。そのため、今度は利き手の右手にカードをもっていると、体を左にひねってカードを挿入しなければならなくなる。この点では、都電のカード挿入口は真正面にあり、手前から挿入して奥から取り出す形になっていて、この方が自然だと思える。

多少なりともユーザビリティを考慮してあるような自動改札のインタフェースであるが、こうしてみるとまだまだ問題は多い。こうした問題は特定の鉄道会社だけが考慮すべきではなく、日本全体で討議した上で決定すべきものである。従来の現金投入システムからカードという新インタフェースに切替た時がそのチャンスだった筈だが、五月雨式に導入された結果、独自方式の乱立になってしまっているのが現状である。交通機関は公共インタフェースであり、その公共性を考慮した対応がもっと検討されるべきである。

公開: 2001年4月23日
著者: 黒須教授

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