ユーザビリティビジネスの可能性

  • 黒須教授
  • 2004年4月5日

ユーザビリティを実践することが、ビジネスの展開にとってどのように効果的なものなのか、という点は多くの企業関係者が気にしているところだろう。

その意味では、ユーザビリティが顧客にどのように認識されるのか、という点がまず取り上げられるべきだろう。しかし、例外的にすぐにユーザビリティの良さが分かる製品もあるが、多くの場合、やはり使ってみないと分からないもの、したがって見ただけで容易に認識されるものではない、というように考えられる。私の以前の研究では、見かけのユーザビリティ(apparent usability)が外観デザインの美しさに比例するものであり、実質的なユーザビリティ(inherent usability)とは必ずしも相関しないものである、ということが明らかとなっている。

その意味ではユーザビリティを実践しても、直接的な売り上げに貢献しないではないか、という短絡的な見方も導かれるところである。しかし、欧州のユーザビリティ関係者から聞いた話に共通していたのは、ユーザビリティは製品の品質に関係しているものであり「当然」なされるべきものである、という点である。

日本ではいまだにユーザビリティが売り上げにどれだけ貢献するか、といった議論が起きてしまうし、別途アメリカの関係者に聞いたところでは、アメリカでも同様の状況があるとのことだ。Bias and MayhewのCost-justifying Usabilityという単行本がアメリカで出版され、現在その改訂版が作成されているというが、アメリカでも売り上げ重視主義のマネージャに対してエビデンスをそろえることで対抗していかねばならないという事情があるように思う。

こうした考え方の背景には文化風土の違いもあるように思う。欧州は人間中心という思想の発祥の地であり、人間の生き方について長い歴史を経た考え方の蓄積がある。こうした考え方からは、ユーザビリティは当然のことという風土が生まれてくる。

ただし、日本では、アメリカ同様のコスト主義が蔓延しているものの、ユーザビリティ関係者の努力によって、じわじわと考え方の変革が起きているように思う。その背景の一つとして、ユーザビリティ、特にユーザリサーチをきちんとやっておかないと、顧客のニーズからずれた開発を行ってしまうことになり、結果的に経営資産の損失につながるという広い観点でのコスト主義が醸成されてきたことがあるだろう。

このような状況の中で、日本でいかにしてユーザビリティのビジネス展開が可能だろうか。私は、熊本県、静岡県、そして北海道の関係者の皆さんに、次のような提案をしてきた。それは官主導のユーザビリティ展開というシナリオである。そこでの官の役割だが、これは認証と調達を明確に条例化する、ということである。

認証については、ISO13407をTUV Rheinlandが行っていたような厳密なものでなくても良く、その設計プロセスの人間中心度に応じて金銀銅のような認証を行えばよい。こうすることで地場産業のランク付けができることになり、産業界は必然的にユーザビリティ活動を取り込むことになる。その結果として地域における産業の質的向上が図られ、外部への競争力も身につくと考えられる。

調達については、まずは役所で調達する機器やシステムに対して、CIFのような基準を設定し、その資料を提出するように義務づけるのである。どの地域でも中央の大企業から導入している機器やシステムが多いと思われるが、それらに対してユーザビリティの観点からの基準を明示し、それに対応した機器やシステムが納入されるということになれば、中央の大企業はそれに対応すべくユーザビリティ活動をきちんと行うことになり、結果的に全国的なユーザビリティの活性化にもつながる。

これらの官の動きを支えるものとして、学が認証基準や調達基準の制定に力を貸すことが必要であり、そこに官と学の連携が成立する。また、認証活動は継続的なものであり、官自体で運用することは難しいであろう。したがって、こうした活動を行うためのNPO法人を設立し、中立的な立場から認証が行えるようにすることが望まれる。さらに調達においても、ユーザビリティに関する調達文書を比較判断するには所定の水準のユーザビリティ経験が必要となる。この意味でもNPO法人の存在は欠かせない。こうした法人の設立においても官と学の連携が必要である。

このように、ユーザビリティによるビジネス活性化のためには、まずユーザビリティに対する官の前向きな姿勢が不可欠であり、それに協力する学の存在、そしてそれらの活動を円滑にするためのユーザビリティNPO法人の設立が必要である。これらの結果として地域における産業の活性化、そして全国規模での製品やシステムの品質向上が期待できると考えている。