ユーザビリティ専門家は必要か

先日、ソフトウェア関係の皆さんと合宿をした。いろいろな業界で、自社内で利用する業務ソフトの開発や運用に関係している皆さんだった。合宿のテーマは、シナリオベーストデザイン、ペーパープロトタイピング、インスペクション評価、それとユーザビリティテスト。既に講義はしてあったので、実習を中心にする方針とした。全員を数人ずつの3つのグループに分けた。

一つのグループでは既存のウェブサイトの問題点をインスペクション評価し、その改善案を考えて、ペーパープロトタイプを作っていただいた。インスペクション評価のデブリーフィングには、当該サイトを設計した方も参加してくださり、現状の仕様になっている事情の説明などをしていただいた。ただ、評価による問題抽出とその分析に重点を置いたので、プロトタイプ作成は簡単にした。

二つめのグループでは新規なコンセプトに基づくウェブサイトの構築を課題とし、その目標イメージからペルソナとシナリオを作成し、タスクから要求機能を抽出し、機能の構造化をして画面構成図を作成、さらにその構成図の各画面をペーパープロトタイプにする、という作業をお願いした。ここでも前半のペルソナ、シナリオ、機能要求の抽出と構造化というあたりに重点をおいたので、プロトタイプ作成は簡単にすませた。

三つめのグループでは、第二グループと同じ課題について、既にインストラクター側で用意しておいたペルソナやシナリオ、機能要求、機能構造図を用いて、ペーパープロトタイプの作成と、それを利用したユーザビリティテストを行っていただいた。このグループはプロトタイプ作成とテストについてきっちりとやっていただいた。

三つのグループで違う内容をやっているため、インストラクターとしては大変だったが、さて、作業を終了して発表会をやってみると、皆さん実によくやっておられた。ユーザビリティの上流工程の作業について、ユーザビリティ専門家も顔負けの出来具合だった。もちろん幾つか勘違いをしていたり、理解が不十分な点はあった。しかし、特に第三グループのペーパープロトタイプの出来は模範的なものであり、それを使ったテストも専門家さながらだった。

ソフトウェア関係者の皆さんにユーザビリティの講習をすることは多いが、今回のように実習を主体にしたことは少なかった。しかし所感としては、講義に加えて実習をやっていただくことで、ここまで皆さんがユーザビリティの技術を習得されたことに正直、驚いた。

もちろん参加された皆さんにはそれなりの特徴があったといえる。企業の中で頻繁にユーザに対面する機会があり、彼らの意見を聞かされていて、ユーザビリティに関する感度が高かったと考えられる。したがって、今回の講習会に参加するモチベーションは一般のソフトウェア関係者よりも高かったといえるだろう。

この講習会は僕にとっても非常に有意義なものだった。もともと有能な人たちが多かったことも関係しているだろうけれど、方法論と考え方をきちんと説明すれば、ユーザビリティ活動はソフトウェア関係者でも十分に実践できることが分かったからだ。ソフトウェア関係者が上流工程から人間中心設計のアプローチを採用してくれるようになれば、もちろん自分で設計したものを自分で評価するなどということをしなければ、利用品質の高いソフトウェアが産出されることになるだろう。

もちろん参加された皆さんからは、更に時間を短く、効率的にやれる手法はないのか、という質問がでてきた。それほどに時間に追われて仕事をしている皆さんなのだ。その意味でcost-effectivenessとかrapidというキーワードを目指して、今後も手法開発やそのブラッシュアップをする必要はあるだろう。そのためにユーザビリティ専門家は必要だろう。

しかし定常的な人間中心設計の作業をしていく際に、必ずしもユーザビリティの専門家がいなければならないということはない。これが今回学んだ教訓だった。いや、それはむしろ望ましいことといえるだろう。今回のような業務系のソフトウェアだけでなく、組み込み系のソフトウェアの分野でも、市販のアプリの分野でも、また工業デザインの分野でも、開発担当のエンジニアやデザイナ諸氏がユーザビリティの考え方と技術を身につけてくれるようになることが究極の目標の姿といえるのではないだろうか。そうなったとき、ユーザビリティの専門家というのは不要になるわけではない。新しい方法論の開発、そしてその社内での技術指導。それがユーザビリティの専門家の仕事になるだろう。こうした状態が実現するよう、さらにがんばらねばならないと思った。

公開:2006年1月23日
著者:黒須教授

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