ユーザビリティ活動のこれから

僕は戦後の生まれなので、戦中、配給などで制約された食事の実態や、人間のものとは思えない前線での食事の実態は知らない。記憶があるのは幼少時からの食事のことになる。贅沢は敵、というようなプロパガンダはなかったものの、当時の食生活は貧しかった。口にできれば何でも食べるという程ではなかったが、与えられたものを食べるしかなく、その中にわずかでも見いだせる美味しさを楽しんでいた。いいかえれば、栄養分摂取という最小限の機能を満たす食事、最低限の体力(性能)を維持するための食事だったといえる。しかし、それでも、満たされることがなくても食事の中に幾ばくかの美味しさを追求していたことは事実である。

小学校に入ったが、そこで出された脱脂粉乳はまずくて臭かった。しかし、牛乳というのはそういうものものなのだと思い、鼻呼吸をとめて飲み込んでいた。そうして栄養をとることに努力した。ただ、教室で配布される肝油ドロップの味が甘くて美味で、その配布が待ち遠しかった。その時期は、まだ美味しさの追求を本格的に行うまでに至ってはいなかった。

僕が中学から大学に至る時代に、日本の経済状況は大きく改善された。インスタント珈琲のことを珈琲だと思っていた僕が、本物の珈琲の味に当惑し、これが本当に美味しいものなのだろうかと疑問を持ったのは、そんな時代のことだった。コカコーラの宣伝がアメリカナイズされた若者の生活に憧れを抱かせ、まれに口にするルートビアの味が異国の不思議な文化を感じさせてくれた。徐々に外食産業が発達し、異国のレストランも増え、様々な食材が紹介されるようになった。この頃から、食事というものは、栄養をつけることから、美味しさを追求するように変化してきた。しかし、全国的に見れば、美味しさ追求の時代ではあったものの、見て楽しむ食事という水準には到達していなかったと思う。

食事の視覚的デザインが考慮されるようになったのは、ようやく1900年代の終わりごろになってからのことではないだろうか。もちろんケーキなど、バタークリームの味が耐え難い品でありながら、外見をそれなりに飾り立てていた時代もあった。しかし、どのレストランでもラーメン屋でも視覚的デザインが勝負の一部であると考えるようになったのは比較的最近のことだろう。

長々と私的な食生活の変化とそこにみられた価値観の変動について書いてきたが、これは機器やシステムのデザインにおいても似たような経緯が見られると思うからだ。

貧しい時代には、デザインもユーザビリティも顧みられない。最低限の機能をもっていることが必要条件だった。今のように多機能化の競争をするなど考えられなかった。基本機能を備えること、それが第一条件だった。その意味で、性能がいいかわるいかもあまり重視されず、信頼性は低いものが多かった。ともかく当座の機能的満足を与えること、これが製造業の目標だった。

こうして三種の神器が揃い、新幹線が走り、高速道路ができるようになってくると、人々の関心は、次第に基本機能の整備から、性能向上やデザイン、そして信頼性の向上へと向かうようになった。品質という概念が産業界に定着するようになり、品質管理がようやくなされるようになった。しかし、ユーザビリティはまだ人々の視野の中に入っていなかった。おそらく、それは「使いやすいこと」よりはまず第一義的に「使えること」が大切であり、使いやすいことは使えることという目標が満たされた次の段階のことと思われていたからだろう。いや、そういう意識すら欠けていた可能性がある。また、アメリカから流入してくる製品が「文化」の乗り物であると見なされていた時代には、それを機能的に模倣することがものづくりの目標となっていたともいえる。品質管理の中に使用性という下位概念がありつつも、そこが重視されず、そのための方法論や管理体制がきちんとできあがっていなかったのも、そんな状況の故だったのだろう。

日本人が世界市場のなかで製造業におけるイニシアティブを取り、輸出産業が活性化するようになったとき、日本人は製造品質についての意識を強く持たざるを得なくなった。しかし、それでも使用性、すなわちユーザビリティはまだ強く意識されることがなかった。当時は、市場にでまわっている製品から「選ぶ」ことが消費者の基本行動であり、自らがモノ作りに参加できるし、そうしていこうという意識改革は行われていなかった。したがって、モノを使いやすくしていこうという意識も生まれなかった。それはモノ作りが遠い場所で行われる活動だと思われていたからだろう。

しかし、住民自治の運動が活性化し、生活者視点の重要性が叫ばれるようになり、またウェブというメディアにおけるユーザビリティの重要性が認識されるようになり、ようやく少しずつユーザビリティが生活者にとって重要な概念であると考えられるようになってきた。企業においてユーザビリティの体制づくりが行われ、各種の方法が導入され、それなりの水準のユーザビリティ活動がスタートするようになったのは、ようやく2000年代になってからのことである。

さて、こうした歴史的イナーシャの上にあるユーザビリティ活動は、今後、どのように推移すべきだろうか。ユーザビリティについては成熟度モデルというものがあり、段階的にユーザビリティ活動が向上していくための路線が明示されている。しかし、これらの大半は理念的なものであり、現実がそのように推移していくとは僕には思えない。

年頭にあたり、これからのユーザビリティ活動の方向性を考えると、そこで重要なファクターは人々の累積的経験であるような気がする。人間は、時代的に、また個人史的に、現状が維持される生活、もしくは徐々に向上する生活を志向する傾向がある。それが下降することは一時的であっても耐え難いことなのだ。2000年代に入り、そこそこの水準のユーザビリティを経験することになった生活者は、しかしながら、それなりの形でユーザビリティという価値基準を内化することになってきたと想像する。こうした生活者に対し、製造業界やサービス業界は、景気後退によるコスト削減を迫られることになっても、ユーザビリティという価値基準を無視することがやりにくくなってきているのではないかと思う。もちろんこれは多少希望的な観測である。しかし、ユーザビリティがあたりまえ品質という位置づけを、わずかながらでも持ち始めた現在、それを落としてモノ作りをしたのでは、ブランドイメージの低下や購買意欲の低下を招くだけではないかと考える。

つまり、これからのユーザビリティ活動のあり方は、組織における体制をさらに強化するとか、関係者の意識改革を進めるとか、自律的なユーザビリティ活動を定着させようといった理念的目標にもとづいて行われるのではなく、製造業界やサービス業界が、それなりの必要性を意識しながら進めていかざるを得ないようになるのではないかと思うのだ。実際、ユーザビリティ活動の実態を調査するにつけて、そのあり方が業界や企業によって実に多様であることに驚かされる。いいかえれば、ユーザビリティ活動のあり方にはひとつの解しかない、ということではない。皆、それなりのユーザビリティ体制をつくりつつ、製品やサービスのユーザビリティを、まずはそれなりに、そして徐々に向上させてゆくようになるだろう。

こんな希望的な予測をもって2009年に臨みたいと思う。「希望は破られるためにある」などというシニカルな言葉が耳の奥に聞こえるが、そうした「敵」がいるほうがやる気もでる、というものである。

公開: 2009年1月7日
著者: 黒須教授

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