アピアランスデザインとユーザビリティデザイン

プロダクトは静的なものと動的なものに区別できる。前者はいわば置物のようなもの。そこにあることで意味をもつようなもの。その意味で、机や椅子や照明器具、食器などの什器はそれに該当するし、掛け時計なんかも動いてはいるけれど、どちらかというと調度品という性格が強い。また住宅もそうだし、自動車だって運転や機器の操作を別にすれば、駐車しているときは置物といえる。テレビも操作をするものではあるが、その基本操作は単純なものだし、どちらかといえば什器と見なしてもいいだろうと考えている。

こうした置物的なプロダクトについては、僕はアピアランスを重視したデザインで構わないと思っている。たとえば掛け時計に数字の表示や目印の刻印がなくても、時間を調べる手段は他に携帯電話とか腕時計とか沢山ある。だから時計は調度品と考えてもいいだろう。

しかし動的なものについては用のデザインをきちんと考える必要がある。要するに操作をするプロダクトの対象は、人間工学や認知工学の面からみてきちんとした妥当性のあるデザインをすべきだ。時にこの区別を間違えたデザイナがいるのは残念なことだ。静的なプロダクトについて抜群の才能を持つ人が携帯電話やステレオのデザインをしたりすると、見かけは斬新でも操作性の悪いものができてしまう。

しかし、だからといって用のデザインは人間工学や認知工学だけを考慮すればいいとはいえない。そうした知見にもとづいたユーザビリティデザインは、アピアランスデザインと融和的に統合される必要がある。見かけが美しく魅力的であると同時に、扱いやすく操作がわかりやすいデザイン、これを目指すべきなのだ。

こうしたデザインを実現するためには、二つのディシプリンの統合的環境を作る必要がある。単にデザイン部署と併設して人間工学部署を作るだけではうまく行かないことが多い。デザインしたものをユーザビリティの専門家が評価して問題点を出すという「評価型ユーザビリティ」のアプローチは過去に様々な失敗の経験を重ねてきた。そこから学ぶべき教訓は、両者が対立してしまうような組織的マネージメントではいけない、ということだ。逆にいえば、両者は同じ部署に所属して仕事をするのが望ましいということになる。デザイン部署にユーザビリティ担当者が所属し、一緒に、協調的な雰囲気のもとで仕事をする、これが成功するデザインの一つのあり方だといえる。

しかし、さらに言えば、アピアランスを得意とするデザイナがユーザビリティについて、つまり人間工学や認知工学の知識や技能を自家薬籠中のものとすることが望ましい、僕はそう考えている。もちろん一連のデザイン作業のワンステップとして、できあがったデザインの状態を確認し評価する作業は必要だし、そのためにはそれを専門に担当する人間が必要となる。しかし、そうした専門家がいるからといって、その知識や技能までも彼らに委ねてしまうのではいけない。デザイナはもっと勉強をする必要があるのだ。

ここで難しいのは、デザイナの思考パターンが世間でいうところの論理的思考パターンからは外れていることが多いという点だ。拡散的で柔軟で創造的な発想をする能力と、理詰めにきっちりとものごとを考えていこうとする思考能力とは、経験的にみるとなかなか両立させることが難しい。これは生活習慣の違いのようなものだからだ、ともいえるだろう。性格的な違いだ、ともいえるだろう。

敢えて言うなら、そうした形でのアピアランスデザインとユーザビリティデザインの個人内統合は誰にでもできることではない、ということだと思う。ダビンチを引き合いに出すほどのことではないと思うのだが、比喩的にはそれくらいの能力のある人間でなければ個人内統合は困難だと思われる。しかし、アピアランスの創造的発想が中心にあり、それを人間工学や認知工学のフィルタが取り囲んでいるならば、そこから放射される光に照らされたデザインは、美しく、かつ使いやすいものになる筈だ。

もうひとつ、敢えて言うならば、人間工学や認知工学をやってきた専門家にアピアランス的に優れたセンスや創造力をもった人がいる確率も極めて低いと思う。残念ながら、これはそう言い切ってしまっていいと思う。

となると、提案することができるのは次のようなやり方だ。デザイン部署にいるチーフデザイナはアピアランスデザインとユーザビリティデザインの両方を兼ね備えることのできる人。かつデザインマネージメントの能力も備えた人。その他のデザイナはアピアランスを中心にして仕事をしていけばいい。ただし、同じ部署の中にいるユーザビリティの専門家たちと協調的な仕事をすることで、お互いに相補いあい、反復的デザイン、いや同時的デザインを推進していくのだ。所属メンバーの個人的能力の不足をメンバーの組み合わせによって補わせるのがマネージメントの要諦の一つ。ただし、それだけではなく、数人から十人に一人くらいはいると思われる二股人間を発掘し、彼らを適切に指導・育成していくこと、ここがポイントだと思っている。

公開:2006年7月31日
著者:黒須教授

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