東京圏から全国展開へ

人間中心設計推進機構(HCD-Net)の事務局は東京にある。そして18人の理事のうち13人が東京圏で活動している人たちである。つまり東京圏以外にいる理事は5人だけということになる。特に東京圏を重視している訳ではないが、結果的にこうした数字になっている。

ここで東京圏というのは、都内への通勤圏といった意味で、東京都から西部の山間部や島嶼部を除き、神奈川県や千葉県、埼玉県の一部を含む地域ということである。

いろいろな分野で、東京ないし東京圏への一局集中の問題点が指摘されている。アメリカのように東海岸や西海岸、中西部、南部などに拠点都市が分散しておらず、政治経済だけでなく、文化活動や学術的活動の中心がほとんど東京圏に集中してしまっているのが日本の特徴である。もちろん総務省統計局が定義した大都市圏についていえば、大阪市、京都市、神戸市からなる京阪神大都市圏(1864万人)や中京大都市圏(名古屋市 874万人)、北九州・福岡大都市圏(542万人)などの大都市圏はあるものの、京阪神大都市圏でさえ、さいたま市を除いた京浜葉大都市圏の約半分の人口に過ぎない。

人間の能力は正規分布すると考えられるから、さまざまな能力に関して、人口が多ければそれだけ有能な人の数が多いといえる。さらに人間の活動は組織的なものだから、組織を構成する人々が多ければその活動は指数的に増大するとも考えられる。そうした人々がお互いに刺激しあうことで、その活動密度は一段と濃いものになってくる。それが東京圏の魅力となり、さらに人々を集めることになる。(注もちろん東京圏以外の地域の文化水準が低いとか、有能な人がいない、などと言っている訳ではない。あくまでも相対的な意味合いにおいて、である)。

学会のイベントなどを行う場合、地方開催の時には東京圏から人々が大挙して押し寄せることになり、反対に地域を対象としたイベントを行う場合、地方開催での参加者は人口比の割合より少ない人数しか集まらない、という傾向がでてきてしまう。個人的経験ではあるが、たとえば東京で100人が参加した講習会があった場合、同じものを大阪で開催すると参加者の人数は30-40人、名古屋だと10-15人、といった印象を持っている。

しかし、人間中心設計の活動をする場合、こうした東京圏中心の状況をそのまま受容してしまっていいのだろうか。人間中心設計は、人間の生活の質の向上を目指す活動だ。したがって、日本のどこに居ようとも、同じように生活の質の向上が期待されるべきだと考えるのが自然だろう。

ただし、企業関係者を相手にして活動をしていると、とかくその活動は大企業が集中する大都市圏を対象にしてしまいやすく、中小の企業が分散している地方にまで活動が及ばない。活動の効率という面を考えれば、ある意味ではやむを得ないともいえるが、それでは人間中心という考え方から離反することになる。

中小企業でも、大企業の下請けとして部品の製造を行っているような場合には、それだけではエンドユーザに接することがなく、人間中心設計の考え方は浸透しにくい。しかし、中小規模でもソフトウェア関連の企業や、生活用品の製造を行っているような企業の場合には、その規模が小さくてもエンドユーザへの影響は大きい。そうした企業には積極的に人間中心設計の考え方を取り込んでもらいたいと考えている。

また、企業関係者ではなく生活者に対して活動をする場合も考えなければならない。たとえば自治体サイトはその地域に生活するすべての生活者を対象にしている。その地域が大都市圏であるかどうかは関係ない。最近では都道府県だけでなく市町村でも独自のサイトを作って積極的な活動をしているが、そうしたウェブ関連の場面での「すべての生活者を対象にした」人間中心設計活動の考え方と方法論は、もっと多くの関係者の間に浸透すべきだろう。

人間中心設計推進機構では、今年、はじめての試みとして、札幌市で総会・フォーラムを開催することにした。そのテーマは「地域戦略と人間中心設計の新しい関係」というもので、地元札幌での先進事例を紹介し、あわせて行政に関してHCD-Netが行っている地方自治体のサイトの評価活動や、内閣官房が昨年度後半から行っている電子政府のユーザビリティガイドラインを紹介するセミナーなども盛り込んでいる。

経済状況の逼迫とともに、企業においては出張制限などが実施され、セミナー受講も制限されていると聞く。こうした話を聞くたびに、企業の管理者の短絡的発想を苦々しく思うのだが、こうした時期だからこそ、むしろその状況を打開する策をたてるため、知恵を集め、交わり、産み出すような活動に資源を投入すべきだと思う。前述したように、人間中心設計は企業関係者に対するものであると同時に、全国民のものでもある。今回、他地域からの参加にも期待したいと考えてはいるが、特に、北海道や東北地域からの積極的な参加を望みたい。企業関係者、自治体関係者、消費者団体関係者など、さまざまな組織の皆さんに、ぜひこの機会を活用していただきたい。

【参考情報】

HCD-Netシンポジウム 2009 in 札幌

黒須先生が代表を務める人間中心設計推進機構(HCD-Net)が2009年度の年次シンポジウムを開催します。今回は初の地方開催(札幌)です。「地域戦略と人間中心設計」をメインテーマとしたセミナーに加え、有名講師によるチュートリアルやワークショップなど盛りだくさんの内容です。

  • 日程:5月28日、29日
  • 会場:札幌市男女共同参画センター

詳しくは人間中心設計推進機構のウェブサイトをご覧ください。

公開:2009年5月7日
著者:黒須教授

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