必要ないから、という回答の裏側

アンケート調査は仮説を量的に確認するためには有効だが、仮説が出そろっていない段階で探索的な目的のためにつかうべきではない。探索的な段階ではインタビューや現場質問(Contextual Inquiry、文脈における質問ともいう)の手法を用いるべきだ。

私はインタビュー、特に半構造化面接の手法を多用している。これは、リサーチクエスチョンや質問項目をあらかじめ整理し、用意してはおくものの、構造化手法を用いる個別訪問調査のように質問に対する回答を得るだけでなく、その場で出た回答やトピックについて、自由に話を延長・拡大させ深掘りをしてゆく手法である。こうした半構造化面接や現場観察などの定性的な手法を頻繁に利用しているのは、その奥深さに惹かれているからだといってもいい。奥深いといっても難しく考えることはない。簡単にいえば、突っ込みが効く点、ということだ。いったん回答を得ても、何か気になる点、疑問な点があれば、さらにそこを突っついていく。インタビューには、そうしたダイナミックなやりとりができるメリットがあり、皮を一枚一枚剥いでゆくような醍醐味がある。

また現場観察にもインタビューへのきっかけを得られるというメリットがある。インフォーマントの居宅でインタビューをしていれば、室内においてあるノートパソコンに目をとめ、それをその置き場所で使っているのかどうかを聞くことができる。棚からテーブルに移動するには重いだろうし、その場で使うには腰を曲げざるを得ないから長時間の利用は困難だろう、といった予想ができ、それを質問によって確認することができる。室内においてある家具や調度品に目をとめて、その合間を移動するインフォーマントの姿を想定し、仮想的に動線を推測し、それを質問で確認することもできる。

その点、質問紙調査は大量の情報によって安定した数値を得ることができるが、質問紙項目として設定した以上の情報は入ってこない。だから考えられる質問項目が出尽くした段階では利用するものの、どういうことなのか良く分からないような段階で用いるには適していない。

現在、コミュニケーション手段に関する人工物発達学的な調査を行っているが、そのなかで「やはり」と思わされることがあった。調査の内容は、多様なコミュニケーションの手段を、どのような状況で利用しているか、または利用していないかを問い、さらにその理由を問うてゆくということである。具体的な事例を紹介しよう。

携帯電話を保有していな高齢者のインフォーマントに、なぜ携帯電話を使わないのかを聞くと、「必要ないから」という。「少なくなったとはいえ、公衆電話があるから、急用の時にはそれを使えばいいのだ」という。そのため、「普段でかけるエリアに関しては、公衆電話のあり場所をだいたい覚えている」とも回答してくれた。そこで突っ込みを入れる。本当にどのような場合でも必要ないと思っているのかを確認するためだ。「お友達が急用であなたに連絡をしたい場合、どのようにしてその連絡を受けるでしょう、そうした場合には携帯電話が便利とは思いませんか」というような質問をする。多少誘導的ではあるが、それに対してもネガティブな回答が得られれば、それはそれで一つの情報となる。その回答は、「たしかに携帯電話があれば便利かもしれないけど、私が携帯を持っていないことを知ってるから、自宅の留守電に要件を入れておいてくれればそれで済むんです」、ということだった。「それじゃあ、待ち合わせの時、相手の方がちょっと遅れるという連絡をしたい時、携帯電話がないとその情報を受けとれないために待たされてしまいますよね」と聞く。その回答は、「いや、少しぐらいなら待つのは構いませんから」ということだった。多少、合理化、つまり辻褄合わせのような傾向もあると感じた。

そこで角度を変えて、「携帯電話が必要ないと考えておられるのはどうしてなんでしょう」、とダイレクトな質問をする。すると、「操作が面倒だから」という回答が得られた。携帯電話を利用している高齢者が多数いる現在の状況で、利用している高齢者はそれを面倒と考えているかもしれないが、それでも携帯電話を利用している。同じように面倒だと感じているのだろうか、それとも人によって面倒だと感じている人といない人とがいるのだろうか。そこで面倒さについて、さらにしつこく質問をした。もちろん、ここでの指摘によって、その後、携帯電話を利用している高齢者についても面倒かどうかを確認することが必要になった。

「それではどのような場合に面倒だと感じられますか」と聞く。するとインフォーマントは「操作が長かったり、いろいろと選ばなければならないと面倒に感じる」と答え、さらに「そういうの覚えきれないから」と言った。このあたりで核心に近づいたと感じられた。記憶力の減退とその自覚が複雑な操作に対する拒否感を生んでいる可能性を感じた。必要ない、という話が実は新しいことを覚えられないからという話につながっていたのだ。ただ、携帯電話利用者が記憶力の減退の少ない人であり、非利用者が記憶力の減退の多い人であるかどうかまでは分からない。そこにはモチベーションが関係していると考えられる。ここで事前に聞いていたライフヒストリーの話が関係してきた。そのインフォーマントは、これまでの人生で諦める時はさっぱりと諦めてしまう傾向があった。ようするに、もう少し、と粘る傾向が低かった。たぶんこれも関係しているだろうな、と考えられた。

このような形で、インタビューによる突っ込みとライフヒストリーなどの一般的情報とを総合し、その人が携帯電話を使わないのは、記憶力の減退に関する自覚と一般的な性格特性とが関係しているのだろうと考えられた。しかしこれはまだ仮説である。だから、いずれ、こうしたことを確認する意味で、これらの選択肢を含めた質問紙調査を行うことが必要である。しかし、通り一遍の回答を得て、それで安心してしまわないという調査の姿勢は必要だし、インタビューを行えば、そうした点についてさらに突っ込んだ、そしてその人の全体的な生き方に対する姿勢や能力という要因との関係を理解することもできる。

こういう意味で、フィールドワークの手法は有効だと考えている。

公開: 2009年8月17日
著者: 黒須教授