マイクロシナリオ手法

  • 黒須教授
  • 2004年12月20日

昨年あたりから考えていたマイクロシナリオという手法がだいぶ形をなしてきたので、ここでちょっと紹介させていただく。

ユーザビリティに関連した各種の手法は、特に評価に関して発展してきた。ユーザビリティ活動が評価活動を出発点にしてきたことから考えれば、それは当然のなりゆきだったといえるだろう。しかし、ユーザビリティの概念がsmall usabilityからbig usabilityへと変化してくるにつれて、ユーザや組織の利用状況や利用目的に適合した人工物のあり方を考えるという仕事がユーザビリティ活動のなかでも重要視されるようになってきた。その結果、いわゆる設計の上流プロセスにおける活動が注目されるようになり、それを支援する方法論が開発されるようになってきた。

マイクロシナリオ手法は、上流工程におけるユーザや組織のフィールド調査から出発し、それにもとづいた人工物のコンセプト生成を支援する枠組みである。

ユーザや組織について、現状の問題点を把握するためには、現場における面接や観察というフィールド調査が重要である。そうした場の中で、実感を伴った問題点を理解することは、机上で資料を分析したり、関係者だけで議論をしたり、数値に置き換えられた情報を解釈したりするやり方にくらべてはるかに優れたものである。その意味では、民族誌や社会学、質的心理学などの分野で発達してきた、定性的なデータの取得方法を取り込むことが最善と考えられた。ただし箕浦のマイクロエスノグラフィやGlazerとStraussによるGTA(Grounded Theory Approach)では対象者に関する理解を目的としている。しかし、理解をした段階で分析は終了してしまい、問題解決が必要であれば、それは各人の内的努力に任されている。設計の現場では、むしろ問題発見と問題解決が重要である。そこでGTAのやり方を参考にしながらも、それを問題指向の枠組みにするべく換骨奪胎することにした。

問題マイクロシナリオ(p-MS)というのは、そうした問題点を簡潔に記述したシナリオである。シナリオという形を選択したのはCarrollのシナリオベーストデザインを有効な手法と考えたからである。ただし、Carrollの手法における問題シナリオ(problem scenario)では一般に長いシナリオを記述することになっている。そこにはインフォーマントに関する情報や問題点などがひとまとりになって記述されている。それは問題の理解を容易にするが、その後の問題解決との連携性に難がある。もっと効率的なやり方が必要と考えられた。そこで、インフォーマントを理解するための基本的共通情報はground informationとして一人のインフォーマントについて一つだけ作成することとし、p-MSを理解する際に必要に応じて参照するようにした。

問題マイクロシナリオでは、タグ情報をつける。これはそのシナリオに含まれている情報をキーワードの形で列挙するものだ。このタグを利用してソートをかければ、異なるインフォーマントに関するシナリオで共通の問題を含んでいるものをまとめて抽出することができる。この考え方はKJ法に似たものであり、タグの選び方によって、KJ法でいう異なる山の構成を簡単に実行することができる。ツールとして現在はMS Excelを利用し、マイクロシナリオとタグを一つの行に記入し、Excelのソート機能を利用することを考えている。近いうちに専用の支援ソフトを開発する計画である。

問題マイクロシナリオを複数のインフォーマントについて作成したら、次にそれを様々な形でソートし、できあがった山(グループ)について、問題の要約を行う。

問題点が整理されたら、各々の問題について、解決案としての解決マイクロシナリオ(s-MS)を考える。これは複数でてくることがありうる。また、問題の大きさによっては、解決案が特定の機能開発に関連する場合もあるし、システム全体の設計に関連する場合も、また運用方法に関連する場合もある。その意味で、ここでの解決案については、別途、詳細な検討を行い、それぞれの解決案の方向で考えを詰めることが必要になる。

解決マイクロシナリオについてもタグをつける。ただしここでのタグはQFD(Quality Function Deployment)におけるように、そこに適用できる技術であったり、コストや市場性などの観点から記入される。そして、技術の適用可能性やコストなどの重要度に応じて重みつけをし、重みとタグとして書かれたポイントの積和を計算する。その積和の大きな解決マイクロシナリオを採用し、以後の設計につなげてゆくわけである。

マイクロシナリオ手法は、このように表計算ソフトの利用を想定し、簡潔に問題のマイクロ構造を記述し、その解決方法を探ってゆく手段である。今後の検討課題としては、解決案を想定する際のプロトタイプ構築との関連性、設計手法としてのUML(Unified Modeling Language)のような枠組みとの関連性などを考えて行くつもりでいる。

公開された論文としては、Human Interface 2004/11/5 Vol.6 No.4-5に掲載してある。またメディア教育開発センターの今年度の報告書としてまとめる予定でもいる。詳しく知りたい方はそれらの資料をご参照いただきたい。