グループウェアの技術開発と人間研究
グループウェアが対象としている、人間のコミュニケーションや共同作業についてのベーシックな研究が十分に行われていない状況で、企業のシステム開発者の着想に頼るだけで、今後も本当に適切なシステムやサービスの開発が行えるのだろうか。
ちょっとグループウェアの歴史をたどる必要があり、いろいろなシステムの開始年度を年表形式にまとめてみた(下表)。
1980年代半ばから1990年代半ばにかけて、教科書に載っているようなシステム、たとえばCoordinator、Cognoter、Information Lens、Media Space、Colab、gIBIS、CaptureLab、GDSS、Cruiser、VideoWindow、Video Draw、TeamWorkstation、CuSeeMe、Hydraなどが提案されている。これらの研究によってグループウェアやCSCWの研究は一世を風靡したといえる。
しかし、その後も研究は継続されているものの、1996年のAmazon、1997年の楽天市場というオンラインショッピングの幕開けから、1998年のNetMeetingやサイボウズ、1999年の宅ふぁいる便、2ちゃんねる、Napsterの開始、2001年のWikipediaの創設、さらに2004年のSkype, mixi, Facebookの開始、2005年のSecure Onlineのスタート、2006年のGoogle DocsやTwitter、2007年のUstream、そして2008年のEvernoteの開始といった具合に、実利用システムのサービス開始が目立つようになり、現在では、世の中はクラウドコンピューティングをベースとした新しい時代に入っている。
ちなみに、研究サイドでは、前述の初期の研究が技術的興味に走りすぎたという反省があるためか、現在では、サービスイメージから出発してシステム開発を行う研究や、そのベースになる人間や対人コミュニケーションに関する研究が多くなっているように見える。
初期の研究は、当時のMITのメディアラボの研究に代表されるような、新しいコミュニケーション機器やコミュニケーションスタイルをデモによって示す、というものが多かった。もちろん、まだインターネットが普及しておらず、利用できる回線イメージは貧弱なものだったし、なぜか遠隔会議や遠隔共同作業をビジュアルに行うことに関心が集まっていた。そのため、コミュニケーションをする者同士の視線一致などが研究課題ともなった。
当時はまだユーザビリティ活動も黎明期にあり、人間工学関係者や認知心理学者が徐々にユーザビリティ分野に参入し、評価を中心としたユーザビリティ活動の基礎を築いていた時代だった。そのような事情もあり、ユーザビリティ関係者からこれらのグループウェアシステムについての提案や批判が行われることは殆ど無かったといえる。
その後の実利用システムの開発やリリースにおいても、ユーザビリティ関係者はどちらかというとプロダクトに作業を集中させていた事情があり、グループウェアに関する技術開発関係者とユーザビリティ関係者の間には有意義なコラボレーションはなかったといえる。
その結果、時代はいきなりという感じでインターネット、そしてクラウドの時代に入ってしまった。筆者自身、現在はSkypeやGmail、Google Docs、Facebook、Evernoteなどを利用しているが、あくまでもそれらのユーザとしてであり、新しい技術やサービスが提供されると、それを試してみる、といった状況が続いている。
もちろん、近年のウェブ関係者は、2000年代前半のWebユーザビリティの波をかぶった人たちが多く、ユーザビリティについて関心を持ち、知識も技術も持っている人が多いため、これらのシステムはそれなりのユーザビリティ水準を確保していると言っていい。
相変わらずグループウェアに関する研究会や学会は活動を継続しているが、それらの中から実利用に耐えるシステムやサービスの提案が生まれてくるのかどうかは分からない。むしろ企業活動のなかから次世代を担うシステムやサービスが生まれてくるのかもしれない。
その意味では、ウェブ関係者がさらにユーザビリティの研究をして、新しいシステムやサービスの開発を進めていくことになるとも予想されるのだが、ひとつだけ気になる点がある。それはグループウェアが対象としているのは人間のコミュニケーションであり、人間の共同作業である。そうしたコミュニケーション活動や共同作業についてのベーシックな研究が十分に行われていない状況で、企業のシステム開発者の着想に頼るだけで、今後も本当に適切なシステムやサービスの開発が行えるのだろうか、という心配である。
以前から、ヒューマンインタフェースの領域に対する人間科学や社会科学からの参加が少ないとは言われていた。そうしたなかで、グループウェアに関しては、社会心理学からのアプローチが比較的活発だが、フレーミングの問題など、オンラインコミュニケーションを前提として、そのあり方について分析するという実証的研究が多い。それも大切なのだが、人間の本性に立ち戻って、コミュニケーションや共同作業がどうあるべきかを考える人たちがもっといていいように思っている。そして、それらの人々が提示した人間の本性に関するエビデンスにもとづいて、さらに新たな着想が生まれるというサイクルが動き出すことが必要なのではないか、と考えている。