SNSのユーザビリティ

ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)は順調に発達しているようだ。最大手のMixiの場合、そのアクティブ利用者は近々100万人に到達する見込みらしい。私は以前から新しいネットの利用法として興味を持っていたのだが、紹介者がないと参加できないという仕組みがあったため、ようやく紹介者をみつけ、数ヶ月ほど前にMixiに参加した。

参加した当初は戸惑いもあった。これまで自分のweb siteやblogを利用してきたのだが、それとの使い分け方をうまく思いつけなかった。そのため当初は、自分のweb siteの方をベースとして、その案内をMixiの自己紹介に掲示する程度でいた。しかし、いろいろと探っていくうちに、基本的な利用パターンや楽しみ方があることに気がつき、それに嵌ってしまった。以後、ネットコミュニケーションはまずMixiで、というような状態になってしまっている。

SNSはblogを定型化したものともいえるだろう。Mixiを例にとると、その機能は多様だ。日記を書くことがベースとなっており、それに対してコメントが付く。この点は一般のblogと同様だ。ただトラックバックに相当する機能はないが、そもそも一般のblogでトラックバックを効果的に利用しているケースはあまり見たことがない。

またblogを含む一般のネット環境との大きな違いは、訪問者の足あとが確認できることだ。これは単なるアクセスログとは異なる。足あとからその人のページに行くことが出来、どんな人が自分のページを訪問してくれたかが分かるようになっている。この点は非常に大きな特徴で、誰に読まれているのかがIPアドレスレベルまでしか確認できない一般のネット環境に比べて大きく異なっている。足あとが残り、書き込みをした当人をそれなりに確認できることで、いわゆるフレーミングのような問題や荒らしのような問題が発生する可能性はかなり低いといえるだろう。紹介によってしか入会できないという点について、不満の声もあるだし、必ずしも全員がほんとうの情報を載せていないようにも思えるが、ある程度、人物を保証された形で入会してきた人たちだけの社会であるため、それなりの節度あるコミュニケーションが可能になるわけだろう。

また、マイミクという機能は自分の友人を登録するものだが、それによって自分の仲間から構成される小社会をつくることができる。それは閉鎖的なものにすることもできるし、Mixi内部でのオープンな社会にすることもできる。さらに他人のマイミクの連鎖をたどりながら、新しい出会いを求めることもできる。

コミュニティという機能も特徴的だ。そこへの参加は関心事を共有している人との知り合いの機会を提供してくれ、同時にそのテーマについての情報をもたらしてくれる。

マイミクとして登録した人については、彼らの書いた新しい日記やレビューについての情報が表示され、また自分の参加したコミュニティについての新しい書き込みが表示される。それを読み、コメントを記入したりする。書かれた方はそれに対してレスを書く。こうしてコミュニケーションが成立していく。

このような形で、自分の好みに適合した友人やコミュニティを集めることで、自分なりの小世界を創り出すことができるし、その中でのコミュニケーションを楽しむことができる。また前述のように、どんどんと新しい出会いをもとめ、いろいろな人やコミュニティを探ってゆくこともできる。

さて、こうしたSNSの将来はどうなるだろうか。幾つか想像をまじえながら考えてみたい。

まず、SNSがどこまで広がるかという点。これについて、私はある程度の段階で飽和するだろうと予想している。Mixiの場合、参加者を探っていくと、いろいろな小社会が混在していることに気が付く。研究者の小社会、子育てをしている母親の小社会、アーティストやアートに関心のある小社会、お水系や風俗系の小社会、ゲイの人たちの小社会などなどだ。これらは相互に孤立しているわけではなく、各自の関心にもとづくマイミク連鎖によってその間にさまざまなリンクが張られている。しかし改めて考えてみると、Mixiの利用には最低限のコンピュータリテラシーが必要だ。また、仕事命で頑張っている人や、新しい出会いにはあまり関心のない人、日常世界に落ち着いてしまっている人が参加しているケースは少ない。どちらかというと、特徴のある人々が新しい出会いや情報の交流、相互のコミュニケーションを求めて参加しているという傾向が強いように思う。他人との新たな交流を求めない人、必要と考えていない人はSNSに参加することはないだろう。

その意味ではSNS参加者はドーナツ型をしているのではないかと思う。世の中の人々の分布を適当な次元に関して二次元正規分布として表現した場合、大多数を占める平均値周辺の人々はSNSにはあまり関心がないのではないかと考える。したがって真ん中あたりがぽっかりと抜けたドーナツ型になっているのではないかと思うわけだ。したがって、Mixiの場合でも、おおざっぱにいって1000万人程度の社会にまではなる可能性があると思うが、そのあたりで飽和してしまうのではないかと考えている。

また、現在は利用が無料であり、必ずしも適切なビジネスモデルが提示されているわけではない。広告の導入、有料会員に対するグレードアップしたサービスあたりが収入源と考えられる。大多数のユーザは「ネットは無料」という考え方の延長で、こうしたサービスを楽しんでいる。その意味で、SNSの成否は適切なビジネスモデルを考案できるかどうかにかかっているように思う。すでにこれだけの人々を集めてしまった「社会」なのだ。それが突然崩壊してしまうことは、参加者のほとんどが望まないことだろう。しかしサーバの維持管理などにはかなりの費用がかかると思われるし、広告収入がそれに見合うとも思えない。そもそもネット関連の広告というのは、適切なやり方をとらないとほとんど効果がなく、普通の利用者にとっては単なる邪魔、というケースも多いように思う。Googleなどの検索エンジンの利用効果は抜群であり、それに頼らねばネットの利便性を享受できない現状ではあるが、いまだにその利用が無料になっているというところが、一般利用者の「ネットは無料」という考え方を強く支えてしまっているようにも思う。

このあたり、私はもうすこし利用者も自分の負担を考える必要があると思う。初期段階としてはその利便性を理解してもらうサービス期間として無料で開放されていてもいいとは思うが、いつまでもそれが続くと期待してしまうのは傲慢ですらある。

たとえばワンクリック1円とか0.5円、といったように課金をするような仕組みがSNSに取り入れられてもいいのではないだろうか。そんな気がしている。

ともかくSNSはバーチャル社会として既に一定の評価と利用形態を確立してしまっている。これを有効に利用しながらリアル社会と連動させてゆくこと。これが近未来のネット社会のあり方だろうと考える。

公開:2005年9月13日
著者:黒須教授

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